「少年と犬」の瀬々敬久監督

「少年と犬」の瀬々敬久監督=玉城達郎撮影

2025.3.26

高橋文哉と西野七瀬「自由で柔軟。命が羽ばたいている」 「少年と犬」瀬々敬久監督

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

筆者:

勝田友巳

勝田友巳

撮影:

ひとしねま

玉城達郎

娯楽作の中に社会を見つめる視点を忘れない瀬々敬久監督。「少年と犬」では東日本大震災と熊本地震を結ぶ人と犬の旅を、高橋文哉、西野七瀬という新鮮な組み合わせで描き出した。馳星周の直木賞小説を原作に、時と場所を超えて物語が伝えられる〝語り物〟を目指したという。


「今作る意味」を考える

「『少年と犬』は、一休禅師のしゃれこうべみたいなものですよ」。一休さんが正月に、頭蓋骨(ずがいこつ)をかざして京の町を歩いたという逸話を持ち出した。「犬と少年」は、東日本大震災で飼い主を亡くした犬の多聞が、5年かけて熊本まで旅をする物語。多聞は旅の途中に多くの人と関わり、死と遭遇する。「今は、実感を伴わない時代だと思う。人工知能が進化しすぎて、人間が置いてきぼりにされるかもしれないという不安を、誰もが持っているんじゃないですかね」。共同体の結びつきが薄れ、里山が消えて身近に自然を感じられない。「『少年と犬』では死が描かれるけれど、それを見る人たちに実感のあるものとして捉えてもらいたい」。それが〝生〟を顧みることになる。

作る映画は、観客の感情を揺さぶる骨太の娯楽作だ。「護られなかった君たちへ」では東日本大震災、「ラーゲリより愛を込めて」では第二次世界大戦終結後のシベリア抑留、ラブストーリーの「糸」でも平成という時代を描いた。常に「今作る意味」を考えるという。「日本は80年もの間、身近に戦争がなかった。一方で、手のつけられない不幸として、地震や豪雨などの災害が起きている。人間の力ではどうしようもない、あらがえない状況をどう生きるかに興味があるんです。人間の一生で言えば、死にあたる。常に考えていたいと思います」

そして主人公はいつも片隅にいる人たち。「少年と犬」でも、震災で仕事がなくなり無人の被災者住宅から金品を盗み出す窃盗団を手伝う和正と、風俗産業で働く美羽の2人だ。原作は連作短編集だが、その中の2編に登場する男女である。「社会の中心にいて物事を動かす人よりは、時代や世の中に翻弄(ほんろう)されている人たちに興味がある。弱い立場の人に加担したくなります」。恵まれない運命に振り回される登場人物は涙を誘うものの、悲劇を物語のために消費することはない。「悲しい話にはバックボーンがあると思う。その時代や人々が背負っているものが必然的に生み出す悲哀、情感が、見ている人たちの生活とどう関わるか、どれだけ近しいものとして伝えられるかを考えています」


「少年と犬」©2025映画「少年と犬」製作委員会


奇譚を語り歩く「仏教説話に似ている」

「少年と犬」にあたっては「仏教説話に似ている」と考えた。「お坊さんが、こんな悲しい話があります、こんな不思議な話がありますと、人々の前で話すような」。黒沢明監督の「羅生門」を引き合いに出した。朽ち果てた巨大な門の下で、旅法師らが自分が目撃したという奇譚(きたん)を語る形式だ。「災害があった後で悪党が出てきて、そこで起きた不思議な出来事が、文学としてじゃなく語り物として伝えられた。『少年と犬』もそこから出発しているように思ったんです」

犬の名前も、多聞天と通じている。「多聞天は仏教を守る神様の一人。原作者の馳さんは、そういうところから発想しているのではないか。『少年と犬』にも〝語り〟が多い」。映画は美羽が、バスで乗り合わせた少女に経験を語り聞かせる形で始まる。美羽と出会った和正も、彼女に自分の見聞きした物語を語る。「『少年と犬』を、〝語り物〟にできないか、それが僕の中での企画でした」。自身も、身内を亡くす経験をした。「死や悲しみに対して、多聞が伝えるべきはどういうことか。それを和正や美羽がどう引き受けるかという物語にしたかった」


若手俳優 メジャーとマイナー区別ない

思いを託されたのは、伸び盛りの若手俳優である。和正を演じたのは高橋文哉、美羽は西野七瀬だ。「伸びしろのある人たちで、命が羽ばたいている感じ」。俳優の感覚にも、変化を感じるという。「かつては日本映画も〝メジャー〟と〝マイナー〟が分かれていて、一線で活躍する俳優がマイナーな作品に出演するにはあえて挑戦するという感覚があったと思う。それが次第に区別がなくなって、今は映画そのものに対する心構えも違ってきている」。表現の場はインターネットやSNSにまで広がり、映画だけが特別ではなくなったのだ。「演技も、確かなアイデンティティーを持った上で役を表現するというより、自分そのものがフワッと揺れ動く。自由で柔軟」。その新しさを面白がっているようだ。

カギとなったのが、犬の多聞を演じたジャーマンシェパードのさくらである。映画に登場する動物は通常複数の個体が分担するものだが、今回はすべてさくらが引き受けた。犬を撮影するのは初めてではない。人間の姿になった盲導犬が主人公の「DOG STAR」など、縁が深いのだという。「今回は犬目線で、犬を丁寧に描きました。でも最初のうちは、つい人間の演出ばかりしちゃうので犬のカットを忘れて撮り直しました。台本に書きましたよ『犬を忘れるな』と」。さくらの名演ぶりは、高橋文哉が「感情が見えるようだった」と振り返るほど。「動物の撮影は大変だけど、今回は素晴らしかった。こんな賢い犬はいるのかと」

バラバラの時代 乗り越えて

ピンク映画の撮影現場から映画界に入って40年近く。今や日本映画界を代表する監督の一人。「少年と犬」など大手映画会社と組んだ原作ものを次々とヒットさせる一方で、「菊とギロチン」のような自主製作に近いオリジナル作品も発表する。その振り幅を「いい意味で、自由でありたい」と説明する。

「予算が少なく小さなピンク映画でも大作と対抗できる面白さがあるんだ、というところから始まっているんです。そのためには自由な発想が必要で、それを忘れたら映画の力がなくなっていく。危険も伴うかもしれないけれど、やり続けたい」。すでに新作を撮り終え、インディペンデントの作品も温めているという。「いろんなものがバラバラになっている時代。さまざまな結びつきができて、枠組みを超えていくといい。そういうことが望まれていると思います」

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