第78回毎日映画コンクール男優助演賞 宮沢氷魚=渡部直樹撮影

第78回毎日映画コンクール男優助演賞 宮沢氷魚=渡部直樹撮影

2024.1.25

毎日映コン男優助演賞 宮沢氷魚が何十回も撮り直した「エゴイスト」を通じて気づいたこと

毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。

勝田友巳

勝田友巳

「エゴイスト」で、鈴木亮平の男優主演賞とコンビで受賞。「2人で受賞は感慨深いです。みんなで作品を作り上げたんだと改めて実感できました」と喜んだ。「この作品をポジティブに捉える人もネガティブに捉える人もいるだろうと、不安の中で模索した撮影で、こんな日が来るとは思っていなかった」

雑誌編集者の浩輔(鈴木)とパーソナルトレーナーの龍太(宮沢)の、出会いと悲劇的な別れ、そしてその後を描いた。恋人同士の日常の会話や表情、仕草が点描され、親密さと濃密な感情が切々と伝わってくる。リアルで自然と評価された演技の背景には、松永大司監督の独特の演出があった。

 

お芝居は相手に何かをもらい、返すこと

撮影前のリハーサルで、松永監督は脚本ではなく状況を書いたメモを俳優に渡し、演技させた。宮沢には「家計を助けるために高校を中退して働くと母親を説得する」、母親役の阿川佐和子には「龍太の申し出を断固拒否する」といった具合。
 
「リアクションを見ながら、相手の隙(すき)を突かないと入っていけない。相手が何を思っているのかを探るトレーニングだったと後で気づきました。お芝居は相手に何かをもらい、また返すこと。撮影前に龍太という人物が作り上げられたし、亮平さんも浩輔だった」

撮影は「テストも段取りもなく『やってみよっか』と始まる、不思議な現場でした」。セリフも動きも、俳優たちに委ねられた。「自分のタイミングで、思うようにセリフを言っていい、カメラが着いて行くからと。通常は、カメラの位置など周囲の状況を理解した上でテクニカルに感情を乗せていくんですが、そうしたことは考えず、その瞬間に目の前にいる人と生きることだけに専念できた」


「エゴイスト」Ⓒ2023 高山真· 小学館/「エゴイスト」製作委員会


龍太と浩輔の日常を届けた

そして、思ってもいない指示を出した。「耳元で『浩輔の手、握っちゃえば』とか。何が来るか分からない。画面でびっくりしてるのも、素のリアクションだったりするんです。だから、セリフを覚えて現場に行っていた記憶がないんですよ。現場では違うことを求められるし、覚えたセリフでは会話のキャッチボールもできない。生まれてくる言葉にウソがないっていうか」

「出来上がった映画を見ても、どこまでが脚本に書かれていたか分からない」というほど自然な2人の姿が切り取られていた。「龍太と浩輔さんの日常を、そのまま届けられた。食卓を囲んだおしゃべりとか、2人で幸せそうに歩いてるとか、何気ないところを見てもらった。だからこそ共感してもらえたのではないかなと思います」

妥協許さなかった感情表出の場面

一方で、感情の表現は徹底的に追求した。「セリフや状況へのためらいや疑問があっても、普通は俳優がそこを整理し納得して、言葉を届ける。でも松永さんは、他の監督だったらOKになりそうなところも、妥協を許さなかった」。多くのテークを重ねたという。しかもセリフはその場で生まれる撮影だったから、やり直すとなるとシーン全部の撮り直し。

一方的に別れを告げた龍太を、浩輔が探し出して再会、長いやり取りのうちに龍太が初めて本当の感情をあふれさせる場面。「何十回もやりました」。午前中に終える予定が10回以上撮り直して納得がいかず、その日の夜に再チャレンジ。「もっとできる、やらないと後悔すると、僕も亮平さんも分かってた。亮平さんの撮影は午前中だけだったんですけど、待ってくれて。夜の撮影でも何十回も撮り直しました。芝居もそうだし、もっといい画(え)が撮れるはずだと、スタッフも互いをリスペクトして高め合っていた。ほんとに全部出し切ったシーンでしたね」

「エゴイスト」に出演して、多くを得たという。「脚本をずっと持っていなくても、素晴らしいものができる。通常の、流れが分かっている中でするお芝居にも、新しい課題が見つかった。限られた中でどうやってリアリティーを見つけて、色彩豊かにするか。現場で生まれるものが大事だと『エゴイスト』に出会えたから気づけた」


正しく向き合うこと

「his」(2020年)でもゲイの恋愛模様を演じ、「はざまに生きる、春」(23年)では発達障害を持つ画家役と、マイノリティーを繊細に演じてきた。「役を選ぶのはマイノリティーだからとかセンシティブなテーマだからというのではなくて、大前提は自分が感情移入できるか、作品の一部になって、見てもらいたいと思うか」。社会的なメッセージを内包した「エゴイスト」のような作品の意義にも自覚的だ。「不平等や不安にフォーカスを当てて、みなさんにアクティブになってもらう、見た方に意見を持って発信してもらえたらいいと思っている」

そしてこうした役柄では特に丁寧なリサーチや演技を心がけるという。「正しく向き合って演技することは、役者として最低限やらなければいけない。怖いのは間違った表現や描き方で、差別を助長してしまうこと」。作品中には2人の性愛シーンも描かれる。監修を置いて、確認しながらの撮影だった。「分からないことをイメージや先入観で何となくやってしまわないように。真実かどうかぼくたちでは判断できない。監修が入ってくれたことで安心できた。こういうことは本当にやるんですかとか、疑問を全部ぶつけられたし、正直に返してくれた。不安を軽くした上で、自由に芝居ができました」

デビューしてから9年、今年、30歳になる。「20代があっという間に終わってしまう。20代なら甘えられたことはたくさんあったけど、だんだんできて当たり前が増えていく。一方で、年齢に縛られず若い役も年が上の役もできると思うので、幅が広がったことはプラスに考えています。20代は全力で走っていたので、30代は少しペース落として広い世界を見て、10年、20年後にどんな作品に出たいか、ちょっとだけ俯瞰(ふかん)してみようかな」。念願の海外への挑戦も、本格的に動き出しそうだ。

【第78回毎日映画コンクール】
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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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