「オッペンハイマー」の原作となった評伝(早川書房刊、上中下とも1280円+税)

「オッペンハイマー」の原作となった評伝(早川書房刊、上中下とも1280円+税)

2024.4.17

「オッペンハイマー」映画のスペクタクル 濃密な歴史描写の原作全3巻 違いを読み解いた

〝原爆の父〟と称される天才物理学者の半生を描いた「オッペンハイマー」。第二次世界大戦末期、広島、長崎に投下された原爆開発の舞台裏と天才科学者の葛藤を、壮大なスケールで映像化。日本公開までに曲折を経た一方、アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞など7部門を制覇。賛否渦巻く問題作を、ひとシネマが独自の視点で徹底解剖します。

芦田央

芦田央

「American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer」。直訳では「アメリカン・プロメテウス:オッペンハイマーの勝利と悲劇」となるこの文が、映画「オッペンハイマー」の原作となった書籍のタイトルである。映画冒頭のナレーションにもあったように、戦争をもたらすきっかけとなった 〝火〟を人類に与えるギリシャ神話の男神プロメテウスで、〝原爆の父〟を形容しているフレーズだ。

この伝記と、それを膨らませたクリストファー・ノーラン監督の脚本との違いを意識することが、映画と書籍の両方をより深く味わうためのヒントになるだろう。


取材20年、天才の生涯を3巻で描く

日本国内では「オッペンハイマー」とシンプルに改題され文庫本が発売中であるが、著者は歴史家のカイ・バードと歴史学の教授マーティン・J・シャーウィンという、これまでにも原爆についての著作を発表してきた2人で、このオッペンハイマーの評伝では2006年にピュリツァー賞を伝記部門で受賞した。

20年以上に及ぶ実際の取材及び調査の成果として、この書籍の持つ情報量は脱帽してしまうほど膨大だ。映画だけでも登場人物の数は相当なものだが、劇中で名前の出ない人物や、むしろ登場しない人物までその背景や証言が、上中下巻3冊にわたってかなり細かく紹介されている。

さまざまな時間軸を行き来する映画とは違い、原作では基本的にJ・ロバート・オッペンハイマーという人間の生涯を時系列に沿ってたどっていく。「上巻:異才」はオッペンハイマーの誕生からマンハッタン計画の本格稼働まで、「中巻:原爆」では研究開発及びトリニティ実験、そして終戦から冷戦への移行まで、「下巻:贖罪(しょくざい)」では原子力委員会による聴聞会と彼が亡くなるまでが記されている。映画ではほとんど触れられなかった聴聞会後のパートは、原作全39章のうち4章を使って語られていて、大きな比重を占めている。


「オッペンハイマー」© Universal Pictures. All Rights Reserved.

ストローズとの対立、地球滅亡の可能性 映画独自の解釈

興味深いのは、そのオッペンハイマーの晩年の話に代わり映画へ取り入れられたモノクロ統一の「核融合」パートが、史実ではあるものの原作には書かれていないエピソードだという点である。このパートはアイゼンハワー政権における商務長官(日本における経済産業大臣に相当)ポストの承認公聴会で、ロバート・ダウニー・Jr.が演じた、オッペンハイマーと次第に対立を深めていくルイス・ストローズの顚末(てんまつ)を観客が見届ける重要なシーンだが、映画をよりドラマチックなものにするために、ノーラン監督が膨らませた部分なのかもしれない。

もう一つ、ノーラン監督が映画独自に重きを置いた部分として挙げられるのは、原爆が地球の大気に引火するかもしれないという、非常に小さいがゼロではない確率の話。原作では多少触れる程度のこのシーンは、映画の中で、確率は「ほぼゼロ」という含みのある言い回しで幾度となく言及される。

人類史上初の核実験で、ドイツ・日本どころか世界が滅亡していたかもしれない。だが、アメリカ政府はこれを実行した。この選択をした危うさを、ノーラン監督は強調したかったのではないだろうか。事実、ノーラン監督は「地球を破壊する可能性を完全に排除できていないにもかかわらず、ボタンを押した」というマンハッタン計画の矛盾を、前作「TENET テネット」の中でも言及している。


濃密な描写に「歴史は線」を実感

物語の構成だけでなく登場人物や歴史上の出来事に対する印象も、映画と原作ではかなり異なる。主役オッペンハイマーの性格は、頭の回転がとにかく速く、常に先を読み、そのスピーチには圧倒的な説得力があった魅力的な人物と原作には書かれている。

ノーベル賞の受賞者も多数在籍していたロスアラモスの研究所で、受賞者ではないオッペンハイマーがいかに科学者たちの信頼を勝ち取っていったか、また人を見下すように見える態度もとったので、そもそも自信家であったストローズとの対立が、アイソトープの輸入に関して彼を笑いものにしたことと、水爆開発に関する意見の相違だけで起こったわけではないということもよく分かる。

人物描写だけではなく、原作には極めて緻密に情報があるお陰で、「歴史は点でなく線で進行している」ということにあらためて気づける副次効果もある。

例えば、第二次世界大戦の終戦から米ソ冷戦への移行期。教科書で得る知識だと「いつからいつまでが大戦で、次にいつから冷戦がはじまった」と、時間が分断されて次の事象が始まった印象を受けてしまいがちだが、原作ではその膨大な量の情報が点と点の間を埋めて、読み手に歴史の緩やかな変遷を感じさせる。


個人の行動で歴史は変わったのか

そういった世界情勢の変化に合わせたオッペンハイマーの心情の移り変わりも読み取れる。最初はニールス・ボーアの影響で原爆に関する技術情報を世界に開示し、原爆そのものを国際管理下に置いて、相互監視をすることで軍拡競争を防ごうと考えていたにもかかわらず、ソ連がこの転換には同意しないということに気付くと、次第に大量の核兵器に支えられた自国の防衛体制を受け入れていった。

オッペンハイマーのみならず、科学者、政治家、ソ連の最高指導者スターリンや当時の米国の大統領トルーマンなどさまざまな人間の思想/思惑が変化し、絡み合い、それが複合的に、まるで一つの巨大な〝意志〟となって人類を今日へと至らしめる。原作におけるこのグラデーションのような変化を見ると、特定の一個人が行動を起こしていたところで、歴史は変わらなかったのではないだろうかという絶望を感じずにはいられない。


日本への目標変更書かれた「中巻」だけでも

映画は非常に速いテンポの編集で息もつかせぬ緊迫感を生み出しているのに対し、原作はそのストーリーの行間を埋めることで無力感を抱かせることに成功しているのだ。

上中下の3冊に及ぶ原作を全て読むにはなかなか時間がかかってしまうが、映画から何かを感じたという方はぜひ読んでみることをおすすめする。もちろん通して読むほうが理解も深まりやすいが、中巻だけ読むという手も良いかもしれない。多くの方が気になるであろう、ドイツ敗戦の後に原爆投下目標が日本へと変更になった経緯や、先述の冷戦への移行期が「中巻:原爆」には収録されている。

映画を通して世界的に原爆への注目が集まり、そして今なお核の脅威がなくならない現代に生きる中、唯一の戦争被爆国である日本に住む我々があらためて知識を身につけることは、極めて重要なのではないだろうか。

「オッペンハイマー 上・異才/中・原爆/下・贖罪」とも早川書房刊。各1280円+税。

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ライター
芦田央

芦田央

あしだ・ひろし ライター。北海道札幌市出身。バックパッカー、音楽レーベル、証券会社、広告代理店勤務を経て、趣味だった書くことを仕事に。note企画 「#映画感想文 with TSUTAYA CREATORS' PROGRAM」にて最優秀賞を受賞。同プログラムの初代公式ライターに就任。