ひとシネマには多くのZ世代のライターが映画コラムを寄稿しています。その生き生きした文章が多くの方々に好評を得ています。そんな皆さんの腕をもっともっと上げてもらうため、元キネマ旬報編集長の関口裕子さんが時に優しく、時に厳しくアドバイスをするコーナーです。
2023.7.29
ひとシネマ高校生ライターが書いた「パリタクシー」のコラムを元キネ旬編集長が評価する
彼女のワクワクを共有している
高校生のひとシネマライター和合由依さんが書いた映画コラムを読んで、元キネマ旬報編集長・関口裕子さんがこうアドバイスをしました(コラムはアドバイスの後にあります)。
和合由依さんが推した映画「パリタクシー」は、上半期のミニシアター系映画で断トツの興行成績を誇るそう。「私もパリの街を巡ってみたい!」と本作を見た動機を語る和合さん同様、皆さん、旅行もままならなかったコロナ禍の閉塞(へいそく)感を打破してくれる映画だと感じたのでしょう。
この記事のポイントは、本作の「カメラの回し方」が好きだという話から、その撮影に最新技術が使われていることへと話題を移し、それについて取材に行く流れの作り方。
これは、LEDウォールと呼ばれる合成方法。LEDウォール自体が光を放つため、屋外で撮影を行ったように、合成作業(合成のポストプロダクション)なしで仕上げることができるのだそう。
それを「スタジオにある車の四方と天井に4Kのスクリーンをたてて、事前に撮影した街中の映像を流して撮影した」とわかりやすい言葉でつむぎ、映画に詳しくない人にも伝わるように説明したところは、素晴らしいと思います。
同時に、取材対象者(インタビュイー)となった松竹映像調整部・洋画調整室室長の伯井玲子さんの、〝 外国映画の買い付け・宣伝〟という仕事に惹かれていく様子も伝わってきます。インタビューという形の、和合さんの体験ルポ。彼女のワクワクを共有しているかのようでした。
「題名やコピーによって、作品の受け取り方が変わります」と伯井さんが言うように、宣伝によって、シニア、若者、感動作、コメディー映画など、誰にどんなふうに映画を受け止めてもらいたいかが決まります。それは文章も同じ。書き方次第で、文章を届けたい人たちに、より届きやすくすることが可能なわけです。和合さんの思いも、受け止めてほしい世代に届くといいですね。
和合さんの文章はこちら
映画の舞台はパリ! 一生に一度は行ってみたいロマンと芸術であふれている街。そんな街の金なし、休みなし、免停寸前のタクシー運転手、シャルル(ダニー・ブーン)。タクシーに乗ってきたのは終活に向かうマダム、マドレーヌ(リーヌ・ルノー)。マドレーヌにお願いされてパリの街を寄り道していると、彼女の過去が明らかになっていきます。
この映画を見てみたいと思ったのは、「私もパリの街を巡ってみたい!」と思ったからです。パリはテレビやコマーシャルでよく目にします。有名なエッフェル塔や凱旋(がいせん)門、ルーブル美術館などがパリを代表する建物ですが、それ以外のたくさんの建物や景色を知りたいと思いました。でもパリにはすぐに行くことができません。
私はポスターにある写真に惹(ひ)かれました。そんなパリの街が気になって選んだ作品なのですが、実際に映画を見てみると思っていたのとは違いとても深い話が繰り広げられます。それはマドレーヌという92歳のマダムがパリで生活したさまざまな場所を通して、彼女の経験を振り返っていくストーリーだったのです。
本作の中で、私がとても好きになったポイントがあります。それは、「カメラの回し方」です。どんなシーンでも、「人と空間」を大事に、うまくカメラに収められているような気がしたのです。見ている私が画面にくぎ付けにされ、吸い込まれるように見てしまいました。
「パリタクシー」の撮影監督はピエール・コットローさん。彼の映像技術に目を見張りました。
そこで、松竹株式会社の映像調整部・洋画調整室室長で「パリタクシー」を日本に買い付けた伯井玲子(はくい・れいこ)さんにお話を伺わせていただきました。(人生で初めて、インタビュアーになりました!)
すごいと思うところは、「撮影方法に最新技術が取り入れられている」というところだと言います。それは、「タクシー内の撮影は、街の中でおこなったのではなくスタジオにある車の四方と天井に4Kのスクリーンをたてて、事前に撮影した街中の映像を流して撮影した」ということです。どういったことなのか、気になりますよね。「室内で撮影する場合、大抵はグリーンバックを利用するのですが、壁一面がスクリーンになっているところに、先撮りしたパリの街の映像を流して撮影をした」というのです。
ちなみに「タクシー内での撮影以外は実際に街に出ておこなった」そうです。
伯井さんは、このことをクリスチャン・カリオン監督と実際にお話しして聞いたと言います。本当に驚きの方法です。
そんな驚きの方法で挑んだ今作。伯井さんは、「海外旅行をするのが難しい今、『海外の空気を吸いたい』、『日本から出たい』そんな感情を持っている人たちに見ていただきたい映画」だと内容について切り出してくれました。
「単純に笑って泣いてスッキリしたい。日常から抜け出してスッキリしたい。生きづらさを感じている。そんないろいろな感情を持って見ても面白い映画。いろいろな要素がこの映画には詰まってる」と伯井さんは、そうも語りました。
「パリタクシー」の魅力は、たくさんの驚きと発見があるところ。「ぱっと見、いわゆる笑って泣けるフランスの感動作なんでしょ、みたいな感じがするけど、驚きがたくさんある、予想外なことが起きる振れ幅が大きいのがこの作品の特徴。思っていたのとは違うものが見られるっていうワクワク感がこの作品のいいところだ」と伯井さんが「パリタクシー」の魅力を教えてくれました。
そして、伯井さんのお仕事にも興味を持った私。普段は聞けない海外映画祭の裏側などについてもお話を伺いました。
伯井さんは「海外映画の買い付け・宣伝」をしています。
映画祭と一緒に映画の売り買いをするマーケットが併設され、私たちの生活で言えば市場の「せり」のようなものが開かれています。「そこでは世界各国の会社が作品を出品しています。その『せり』には、脚本の段階からオファーをするか、作品が完成してから買うのかの大まかに言って二つのパターンがある」
私は驚きました。なぜなら、映画を買うのは作品が完成した段階で行われるものだと思っていたからです。まさか脚本の段階から買うことができるなんて! 思ってもいませんでした。
映画祭では私たちがテレビで見る華やかなレットカーペットや舞台あいさつの裏側で、セールス・マーケットが行われています。伯井さんは外国に行って試写を見たり商談をしたり、一日中動いています。
映画を買い付けたその後は、「宣伝」をします。作品の日本題を考え、キャッチコピーも作るそうで、その言葉が映画の見せ方に影響を与える重要な仕事になります。「題名やコピーによって、作品の受け取り方が変わります。また、広告の見せ方にはとても力を入れている」。「パリタクシー」を、シニア向けの映画にするのか、若者向けの映画にするのか、感動作にするのか、コメディー映画にするかなど、そこで映画の方向性が決まっていきます。
伯井さんのチームは買い付けと宣伝を一貫して行います。伯井さんご自身が「昔、宣伝の仕事をしてその後、買い付けの仕事に就きどちらも経験があったので、今は両方同じセクションで行っている」そうです。「どちらも」となると、なかなか忙しそう・・・・・・。
伯井さんとお話をさせていただいて、洋画の買い付け・宣伝についてたくさんのことを知ることができました。伯井さんのお仕事は毎日が本当に挑戦的です。映画を買うためには多額のお金が必要になり、映画祭やセールス・マーケットに行き、たくさんの作品を見ます。さらに、映画を買い付けた後も多くの人に作品の魅力を知ってもらうために宣伝をしていきます。一本の映画を公開するまでにいろいろなやるべき作業が詰まっています。何か新しいものを生み出すためには、毎日が挑戦的な時間になっていくのだと感じました。映画を公開するまでの過程、そして「パリタクシー」を上映するにあたっての製作の裏話などをお聞きすることができ、たくさんの発見と驚きがありました。とても貴重な経験になりました。
「パリの街が気になる!」「旅行気分になりたい!」「マドレーヌの生き方を知りたい!」など、どんな感情を持つ人が見ても面白い「パリタクシー」。
この春、大きなスクリーンの中に飛び込んでパリの街にお出かけになられてはいかがでしょうか。