脚本賞を受賞した早川千絵監督=丸山博撮影

脚本賞を受賞した早川千絵監督=丸山博撮影

2023.2.01

脚本賞 早川千絵「PLAN 75」 弱者切り捨て社会への違和感 苦労して形に:第77回毎日映画コンクール

毎日映画コンクールは、1年間の優れた映画、活躍した映画人を広く顕彰する映画賞。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けている。第77回の受賞作・者が決まった。

勝田友巳

勝田友巳

インタビューしたのは2023年1月半ば。「去年のちょうど今ごろ、撮影が終わりました。翌週には編集のためにフランスに出発というところ」。それから1年。長編デビュー作「PLAN 75」は、カンヌ国際映画祭で上映され、数々の映画賞を受賞、毎日映コンでは脚本賞。難産の末、多くの人の手を借りて形にしたという。「セリフは少ないし起伏もなく、いわゆる良くできたストーリーではないと思ってましたので、意外でうれしい」
 


 

障害者施設殺傷事件から着想

20代から映画監督を目指し、ほぼ独学で脚本も書いていた。「『月刊シナリオ』や指南書の類いを片っ端から読んだりワークショップに参加したり、〝自主練〟はいろいろやりました」。回り道をしながら少しずつ夢に近づいた。
 
「PLAN 75」は、2016年に相模原市で起きた障害者施設殺傷事件をきっかけに構想した。それ以前から日本の社会への違和感を抱いていて、事件には大きな衝撃を受けたという。
 
「2004年のイラクの人質事件でも、家族や本人がバッシングされて、そんなバカなと思っていました。自己責任論が当たり前に言われるようになって、弱者への風当たりが強くなっている。著名人や政治家が差別発言をしてもそれが何となく受け入れられ、ネットなどで多くの目に触れることで、潜在意識に埋め込まれる気がしていました」
 

©2022「PLAN 75」製作委員会 /Urban Factory/Fusee

見えない何かに支配される社会

映画は、75歳以上の高齢者が自ら死を選ぶことができる制度「プラン75」によって、社会の高齢化問題の解決を図ろうとする近未来社会が舞台だ。冒頭に相模原の事件を思わせる場面を置いた。実はこの場面を挿入するか、最後まで迷った。
 
「最終的に入れたのは、この映画のきっかけになった事件であることと、プラン75という制度の根底にある思想が、事件の犯人と同じだと伝えるのに必須だと考えたから」。一方で、制度導入の過程であったはずの混乱や議論は描かなかった。「制度を作った人たちの顔は出さないと決めていた。見えない何かに支配されている社会を描きたかったんです」
 
仕事も家も失い、死を考え始める78歳のミチを中心に、役所で制度普及に携わる職員ヒロム、安楽死施設で働くフィリピン人労働者マリアらの姿を描く群像劇。弱者を切り捨てる制度を受け入れた社会の、見えない圧力や不気味さを静かに描き出した。
 

経験も技術もなく 方向性模索

映画化されるまでには曲折を経た。まず10年、是枝裕和監督が総合監修を務めた短編オムニバス映画「十年 Ten Years Japan」の参加者を探していると聞き、群像劇の登場人物を1人に絞り、短編に仕立て直して応募し、採用される。プロデューサーの1人が興味を示して長編化に動き出し、改稿作業が始まった。
 
この間、脚本は大きく変わった。「方向性を模索して、数え切れないくらい書き直しました。プラン75の設定はあったけれど、どういう物語にすれば面白くなるか、何を伝えたいのか。経験もテクニックもないから、時間がかかった」。苦しみながらの改稿が続いた。「はじめのうちはマリアの描写がもっと厚かったし、ヒロムが医者でマリアが妊娠していたという設定もあった」。ただ、「ミチを死なせないのは決めていた」。「強く生きることを選択するんだと、願いを込めて言わなければいけない」と考えていたからだ。
 
撮影が始まるまで4年。それまでの習作とはプレッシャーが違う。「途中でつまらなくなったらどうしよう、役者さんの評判にも関わるからおかしなセリフは言わせられないと」。製作費のめどがつき、撮影開始まであと4カ月と迫っても、まだ満足できない。「これではダメだと自分で分かっていたので、どんどん準備が進んでいくのが恐ろしかった。実際に撮れるのはうれしいんですけど、焦ってました」
 

プロデューサーの伴走に感謝

完成したのは、プロデューサーの水野詠子とジェイソン・グレイの伴走のおかげと感謝する。「妥協せず、常にいいフィードバックをしながら励ましてくれた。3人で作った感覚です。改稿のたびに、良くなったけどここが足りない、ひっかかると、ハードルを少しずつ上げてくる。それならとこちらも受けて立ち、どんどん良くなっていく。産婆さんのような存在で、2人がいたから最後まで粘れたし、書き通せた。苦しいと同時に、楽しくもありました」
 
2人以外からも多くの助言を得、真摯(しんし)に耳を傾けた。「自分で書いていると、違和感や不足に気付きにくい。フレッシュな目から意見を言ってくれたらもうけもので、そのまま直すのではなくても、別のアイデアが生まれることもありました」
 
脚本に詰まると、安楽死を題材とした「愛、アムール」(ミヒャエル・ハネケ監督)や「母の身終い」(ステファヌ・ブリゼ監督)を見直したという。「ミニマルな語り口のトーンやエッセンスを吸収しようとしてました」。できあがった作品は、セリフや説明が少なく、全てを言い尽くさずに映像で見せる。選考でも、日常の描写を丁寧に積み重ねた構成に評価が集まった。「最初はセリフももう少し書いていたんですけど、なくても伝わる。撮影に入ってからも、映像だけで読み取れる情報がたくさんあると実感しました」

 

理解する瞬間の気持ちよさを

会話劇より、余白を大事にする作風だ。「自分が映画を見る時、すぐに理解できない方が注意をひかれる。例えば2人の会話を、1から10まで書くのでなく、5から始める。何の話をしているか分からずに聞いているうちに理解する、その瞬間の気持ちよさが、映画を見る面白さかなと思っています。認識のタイミングをずらすことで、集中して見てくれてる。セリフだけでなく、見せ方もそこを意識します」
 
描いた課題は世界共通だ。映画は各地で上映され続けている。「想像以上に広がって、自分が作った映画じゃないみたい。深く受け止めてくれて、観客の感性を信じてよかった」。次回作は改稿の途中という。「まったくベクトルの違うもの。今度はかかる時間を短くしたいですね」
 

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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