10月8日京都府・舞鶴にてインタビューに答える瀬々敬久監督

10月8日京都府・舞鶴にてインタビューに答える瀬々敬久監督

2022.10.11

インタビュー:深い絶望の中で希望を捨てない生き様  瀬々敬久監督「ラーゲリより愛を込めて」

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ひとしねま

萱原 健一

12月9日全国公開される「ラーゲリより愛を込めて」は、シベリア抑留研究者なら誰もが知る山本幡男の半生を描いた作品。故辺見じゅんのノンフィクション「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」を原作に、フィクションを交えながら壮絶な抑留体験を再現した。「糸」などの大ヒット映画を監督する一方、「菊とギロチン」でドロドロとした人間の業を描いた瀬々敬久監督は、極寒のシベリアから何を表現するのか。「伝えたいことは、厳しい状況でも希望を捨てるなということに尽きます」
 
絶望の収容所世界
「希望」を描く前提となる絶望の抑留生活はどのように描かれたのか。スターリン時代の収容所文学を読んできた記者にとっては、まずそこに関心があった。
広大なシベリアの中でも最も呪われた地とされたコリマ地方で収容所を生き延びたひとりのロシア人作家は、痩せ細った人間の骨に残る最後の感情は「憎しみ」だったと証言している。収容所では「愛」は最初に消え、「友情」もない。人をだますのが当たり前になり、人間としての道徳基準はどん底まで下がる。
コリマほどではないが、映画の中でも憎しみが描かれている。生き残るために山本を売ったかつての同僚。腹持ちのいい耳つきの黒パンを「一等兵」から奪い上げる元上官。旧日本軍で階級の高かった将校らを集団リンチする場面では、糾弾されないために糾弾する側に回り、狭い収容所で加害者と被害者が目まぐるしく入れ替わる。この絶望の日常で、日本人捕虜は「ダモイ(日本に帰る)」という淡い希望にしがみつく。
 
コトバの力
収容所では誰が生き残るのか。戦前の平和な日常の中で持っていた道徳基準や文化を保ち続ける者が収容所でもしぶとかったことを先のロシア人作家は具体的な事例を挙げて書き残している。この作家が収容所で最も大切にしたものは、記憶に残る詩であった。詩の言葉が正気を保ち生きる力になった。山本は収容所で「アムール句会」という俳句サークルを作ったほか、日本の古典や西洋哲学などを紹介し、仲間を刺激した。俳句は単なる娯楽でも気分転換でもなく、人間性を失っていく収容所で「人間」を保つための大切な要素だった。
 
「偉人」ではない山本幡男
この博学な山本を演じたのが、戦争映画では「硫黄島からの手紙」で好演した二宮和也。病床のシーンはすさまじい演技だ。辺見の本では「立派な山本幡男」が描かれ、家で父親としての山本を見てきた長男の顕一さんはその「偉人」ぶりに戸惑いを覚えるほどだった。だが、「二宮君自身は山本を『偉人』にはしたくないと話していた」と瀬々監督。人間の弱さを表現した二宮の姿勢に記者は共感した。監督も「スーパーヒーローの物語にはしない」と二宮に同意するが、「ただ…」と言葉を続ける。「山本さんに対しては聖性(せいせい)を持たせたかった。イノセントというか、菩薩(ぼさつ)というか、そういうイメージ。そうしないと映画を見ている人はつらい」
ちなみに、二宮や安田顕(原幸彦役)のロシア語はたいへん聞き取りやすく、見事だった。
 
弱い側から描く
60万人を超える日本人を不当に捕虜としたソ連を単純に「悪」と描くこともできたかもしれない。折しもウクライナ侵攻というロシアの愚行が現在進行中の時代ならなおさらだ。だが、映画では「日本」「ソ連」という国家間の対立はほとんど見えてこない。
「国と国の都合で虐げられてきた人たちがいたということが問題で、殊更にソ連が悪いと言うと論点がずれてしまう」
戦後多くの引き揚げ者を迎え入れた舞鶴(京都府)で、抑留体験者に代わって歴史を伝えようとする10代の「学生語り部」たちに対しても監督はきっぱりと言った。「戦争は国が起こし、犠牲になるのは庶民。映画は弱い庶民の側から描くことが大事だと思う」

 
国民映画をつくりたい
「戦争の記憶を伝えることが大切」と話す瀬々監督。継承を強く訴えるからには若者に見てもらいたい映画だろう。そう考えながら観客のターゲット層を尋ねると、監督はもっと大きな思いを持っていた。
「『国民映画』にしたいと思ったんです。あらゆる世代が見るという意味での『国民映画』。文学でもかつては『国民文学』というものがあった。しかし、今の文学は特定のコアな層にしか読まれない。そこでも分断がある」
苦境にあっても人間らしく生きた山本幡男。あらゆる世代が、その生き方から何を受け継げるだろう。

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ラーゲリより愛を込めて

第二次世界大戦後の1945年。そこは零下40度の厳冬の世界・シベリア…。わずかな食料での過酷な労働が続く日々。死に逝く者が続出する地獄の強制収容所(ラーゲリ)に、その男・山本幡男は居た。「生きる希望を捨ててはいけません。帰国(ダモイ)の日は必ずやって来ます。」絶望する捕虜たちに、山本は訴え続けた―
山本はどんな劣悪な環境にあっても分け隔てなく皆を励ました。そんな彼の仲間想いの行動と信念は、凍っていた日本人捕虜たちの心を次第に溶かしていく。山本はいかなる時も日本にいる妻や4人の子どもと一緒に過ごす日々が訪れることを信じていた。
終戦から8年が経ち、山本に妻からの葉書が届く。厳しい検閲をくぐり抜けたその葉書には「あなたの帰りを待っています」と。たった一人で子どもたちを育てている妻を想い、山本は涙を流さずにはいられなかった。誰もがダモイの日が近づいていると感じていたが、その頃には、彼の体は病魔に侵されてい

ライター
ひとしねま

萱原 健一

毎日新聞記者。富山支局。

カメラマン
ひとしねま

萱原 健一

毎日新聞記者。富山支局。