毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。
2024.1.26
毎日映コン男優主演賞 鈴木亮平 セクシュアリティーに悩む人々への「使命」と「覚悟」
「エゴイスト」で男性同士の繊細な愛を表現し、男優主演賞を受賞した鈴木亮平。「性のアイデンティティーがマイノリティーである人間を当事者ではない俳優が演じるには、並々ならぬ責任を持たなくてはならないという思いがあった」と語る。インタビュー中、何度も「責任」「使命」という言葉が飛び出した。この作品に込めた覚悟とは何だったのか。
相手役を演じた宮沢氷魚も男優助演賞。受賞を素直に喜んだ。「氷魚君でなければ別の表現になっていた。自分の力以上のものを引き出してもらえたし、お互いを高め合えた」
相手役・宮沢氷魚と「いい相性」
鈴木演じるファッション誌編集者、浩輔は、自身が雇ったパーソナルトレーナーの龍太(宮沢)と関係を深めていく。2人が親密になっていく流れがとても自然に描かれている。「(宮沢が)とても真面目で純粋に表現に向き合う方で、龍太と重なるピュアな部分を持っていた。何の努力もせず愛していける。ものすごくいい相性だったと思う」
愛を深めていく2人だが、社会の障壁はさりげないところに現れる。例えば、浩輔が街中で手をつなごうとして、龍太が「人がいるよ。だめ」と返すシーン。「男女だったら誰の目も気にせず手をつないでいられるのに、同性カップルというだけで制限されるのは生きづらいなと感じた」。14歳で母を亡くした浩輔が実家に帰ると、1人で暮らす父親(柄本明)が「誰かいい人いないのか」と尋ね、浩輔が「いい人がいればね」と曖昧な返事をする場面も印象的だ。
当事者に聞き、社会の抑圧知った
演じる前にゲイの人たちに話を聞いたという。「一番覚えていて大事にしたかった」のは、日本はまだ、自分がゲイであると知らない人の前では、自分を偽る必要があるということ。「親にカミングアウトしていないと『実家に帰る時に、ものすごく息苦しく感じる』という人もいた。一番愛してくれている存在に自分の根幹の部分を言えないのは結構きついな、と思った」
当事者に話を聞き、演じる中で感じた社会の抑圧。だからこそ「自分が演じることで、性的マイノリティーの方々が生きづらい社会を助長してしまうような表現を一つでもしてしまうと、この映画を作る意味がない。演じる上で、リアリティーを取り込む準備をいつも以上にした」と役に込めた思いを語った。
今作は、雑誌編集者でエッセイストだった高山真の自伝的小説が原作。ただ、高山は2020年にがんで亡くなった。「存命だったら、いろいろ確認できたのだけど……。高山さんがどういうことを感じて、どういう苦しみを持っていたか、それをなるべく正確に捉えたいという責任感はあった」
Ⓒ2023 高山真· 小学館/「エゴイスト」製作委員会
物語に浮かび上がる格差社会
出版社に勤め、それなりに裕福な生活をしている浩輔に対し、龍太はシングルマザーの母親妙子(阿川佐和子)と同居し、生活のために体を売っている。浩輔はやがて、2人に生活費を渡すようになる。日本の格差社会を描いた作品でもある。「けど、演じている時はあまり意識していなかった。映画を見た時に格差を感じた。それで、恵まれている方は意識しないんだなと思った」と気付きを語る。
浩輔は妙子に拒絶されても生活費を渡し続けようとする。この「施し」の行為にこそ、映画のタイトルにもつながるエゴイズムがひそんでいると鈴木は言う。「浩輔は自分の母親への思いを妙子に投影していることを自覚しつつ、自分はなんてエゴイストなんだと思いながらも、彼女をサポートすることをやめられない。いいことをしているという思いもありつつ、それが自分のエゴだということを自覚している。そこは捉えたかった部分だった」
終盤の浩輔と妙子のやり取りが、演技を超えたリアリティーで見る人の心を揺さぶった。例えばベンチで、浩輔が妙子に絞り出すような声で「僕は愛が何なのかよく分からない」と話すシーン。
「あそこが一番うまくいかなかった。浩輔の気持ちがどう動いているのか分からなくて、最初に我を失うほど感情的な芝居をしたら、松永(大司)監督から『そういう気持ちがあるにしても、出さないでほしい』と(言われた)」と明かす。浩輔の気持ちが分からないと相談すると、松永監督は「浩輔自身が(自分の気持ちを)分からないんだと思う。だから分からないままでいい」と返してきたという。「その言葉に救われた。捉えきれていないなら、捉えきれていないリアルがあるんだな、と。それはその後の演技でもヒントにしているところ」と、作品を通じて得たものを語った。
表現が人を傷つけないように
07年、森田芳光監督の「椿三十郎」で映画デビューしてから17年。昨年40歳を迎え、「もっともっと、人としてその場に存在するということを突き詰めたい」と意欲を示す。同時に現場を率いる俳優としての自覚も芽生えた。「自分の作品で、台本の表現が誰かを傷つけるかもしれないということを慎重に考えるようになった。この表現はノーだ、というものがある時は自分で意見を言うようにしたい」
だからこそ、マイノリティーの人々の生き様に挑んだ「エゴイスト」への思いは強かった。「この映画を、自分のセクシュアリティーに思い悩む若い人たちが見た時、今いる世界だけがすべてではない、いろいろな生き方が自分にはあるんだ、ということが届けばいいな、と。その使命を感じていた」
自身の出演する作品がさまざまな人々や社会に及ぼす影響を背負う覚悟を示す。強さと繊細さを併せ持つ俳優として、これからの日本映画界をけん引していく存在であることを証明した。
【第78回毎日映画コンクール】
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