インタビューに答える降旗康男監督=東京都千代田区で2017年3月22日、中村藍撮影

インタビューに答える降旗康男監督=東京都千代田区で2017年3月22日、中村藍撮影

2022.4.16

「映画と歩んで:監督・降旗康男」中 高倉健とともに新境地

2021年に生誕90周年を迎えた高倉健は、昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。毎日新聞社は、3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと思っています。

木村光則

木村光則

高倉健の作品の多くをともにした映画監督・降旗康男。
惜しまれながら2019年5月20日に逝去されました。
彼の遺作「追憶」の公開前に思いを語った「映画と歩んで:監督・降旗康男」その上・中を再掲載します。
今回はその中。
17年4月11日掲載。
*()の年齢は掲載当時のもの

70年代に東映の任俠路線にも陰りが

1960年代、任俠(にんきょう)路線で邦画界を席巻した東映。65年の邦画の配給収入順位を見ると、「網走番外地 北海篇」、「関東果し状」「日本俠客伝 関東篇」など東映の作品が2~6位を独占している。
降旗も67年に安藤昇を主演に据えた「ギャングの帝王」で本格的なやくざ映画を撮り、69~72年にかけては、高倉健主演の「新網走番外地」シリーズを何本か手掛け、そのほとんどが邦画の配収トップ10を記録するヒットとなった。
だが、70年代に入ると東映の任俠路線にも陰りが出始める。72年の「新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義」の撮影時に事件は起きた。「ある日、東映の東京撮影所で労使がぶつかって、(警視庁)石神井警察署が東映の組合幹部の逮捕状を取ったという報告が(プロデューサーの)俊藤(浩滋)さんの家にいる時に入った。逮捕なんかされたら、健さんも映画に出ないだろう。『なら、逮捕状の出た組合員たちを引き連れて明日にも北海道にロケに行きましょう』と俊藤さんに呼び掛けた」と振り返る。
俊藤は「そんなことをしたらお前は東映にいられなくなるぞ」と言ったが、当時、京都に戻ろうとしていた俊藤に、降旗は「俊藤さんも京都に帰るんだから、私も同じですよ」と返した。かくして、翌日、組合員を北海道に連れて行き、撮影開始。「健さんも『義を見てせざるは勇無きなり』ということで、『台本はマンネリでつまらないけど出るよ』と言ってくれた」と振り返る。同作は皮肉にも72年の邦画配収3位の大ヒットとなったが、東映の上層部との関係は悪化。73年に深作欣二監督の「仁義なき戦い」がヒットし、東映が実録路線に切り替えると、降旗に居場所はなくなり、東映との契約を断った。

「網走の花嫁」(笑い)

フリーとなった降旗は数年間、映画を撮らなかった。代わりに手掛けたのが、TBS系列で大ヒットした山口百恵主演のテレビドラマ「赤い疑惑」など一連の“赤い”シリーズ。それなりに充実を感じていた降旗だったが、78年、俊藤から声が掛かった。
「倉本聰の脚本と、高倉健主演で映画を撮らないか」。高倉は76年に東映を退社し、「八甲田山」(東宝)、「幸福の黄色いハンカチ」(松竹)などで新路線に乗っていた。「健さんの東映へのお里帰りの映画だというんで、タイトルは『網走の花嫁』(笑い)」
降旗は倉本や東映と話し合い、脚本の手直しとキャストの刷新に成功する。こうして生まれたのが「冬の華」だった。横浜を舞台に、現代やくざが抗争を繰り広げる。一方で、高倉演じるやくざは“あしながおじさん”のようにある少女をひそかに支援する。クロード・チアリのギターの旋律と映像美が融和し、従来の降旗作品とは一線を画した。「キャストを一新して東映としては変わった映画になった。僕にとってもメルクマールとなる映画になった」
同作に出演した田中邦衛や小林稔侍らはその後、降旗―高倉コンビで撮った映画「駅 STATION」や「居酒屋兆治」「夜叉」といった作品の常連となった。東宝系で製作されたこれらの作品で、高倉は地方都市の片隅に生きる男を演じた。「街の吹きだまりにいるおじさんと、その男がかつて咲き誇った青春とは何か。それが健さんの当時の肉体状態なら成り立つと思って撮ったのが『夜叉』などだった」
この時期の作品に共通するのは、苦い過去を背負いながらまっすぐ生きようとする人間の姿。「男でも女でも年取った時に何が残るか。青春の日々に対する切ない思いではないか、というのが『冬の華』以降の私のテーマになった」と語る。

カメラマン木村大作

その後も高倉を主演に据え、「あ・うん」「鉄道員(ぽっぽや)」「ホタル」などを製作したが、撮影を担ったのがカメラマン木村大作である。自然の雄大さ、わびしさ、美しさを切り取り、フレームに人物たちの群像を収め、クローズアップで内面を映す。卓越した技術が降旗作品を支えた。
撮影現場で2人は時折、ぼそぼそと話し合うだけ。まさに“あ・うん”の呼吸で撮影は進む。「大ちゃんとは以心伝心だから」。共通するのは「決められたバジェット(予算)と日数で映画を撮るという感性じゃないか」とニヤリと笑う。映画人としてのプロ意識が通底しているのだ。
その2人が9年ぶりにタッグを組んだ新作「追憶」(毎日新聞社など製作委員会)が5月6日から東宝系で全国公開される。主演の岡田准一や小栗旬、柄本佑、安藤サクラら多くの出演者が30代。2014年に亡くなった高倉に代わり、今後の映画界を担うであろう俳優たちとの仕事に「若い皆さんの持っているものを出してもらった。それぞれの個性をめいっぱい発揮してもらった」と充実感を表した。

ライター
木村光則

木村光則

きむら・みつのり 毎日新聞学芸部副部長。神奈川県出身。2001年、毎日新聞社入社。横浜支局、北海道報道部を経て、学芸部へ。演劇、書評、映画を担当。

カメラマン
ひとしねま

中村藍

毎日新聞