第78回毎日映画コンクールドキュメンタリー賞「『生きる』大川小学校 裁判を闘った人たち」の寺田和弘監督=内藤絵美撮影

第78回毎日映画コンクールドキュメンタリー賞「『生きる』大川小学校 裁判を闘った人たち」の寺田和弘監督=内藤絵美撮影

2024.1.28

〝作る〟より〝伝える〟「報道的な中立離れた遺族目線で」 ドキュメンタリー映画賞「『生きる』大川小学校津波裁判を闘った人たち」 寺田和弘監督

毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。

勝田友巳

勝田友巳

「肩の荷が下りた気がします」。寺田和弘監督は受賞の知らせに、喜びよりも安堵(あんど)の言葉を口にした。というのも、東日本大震災で犠牲となった小学生の親たちが起こした裁判の経緯を追ったこの作品、作り手の主張よりも、真実を知りたいと願う親たちの思いを伝えることに徹していたから。「勧善懲悪でもなく、感動的なストーリーも作らなかった。わかりにくさに不安もあったが、やれることはしっかりやったつもり。受賞は遺族の活動が評価されたということだと思う」

東日本大震災から10年の記録

東日本大震災で、宮城県石巻市立大川小学校の児童74人と10人の教職員が犠牲になった。津波の到達が予想され、避難して無事だった学校もあったのに、大川小だけが多くの犠牲者を出したのはなぜか。学校や行政側の対応に納得しない遺族の親ら19家族が2014年、県と市に損害賠償を求めて提訴し、19年に上告が棄却されて遺族側の勝訴が確定した。県や市教委が災害への備えを怠ったとして「平時からの組織的過失」を認めた判決は画期的だった。映画は、震災発生直後から21年までの原告遺族を記録している。


原告団全員に反対された映画作り

寺田監督は、テレビのディレクターとして社会問題を扱った番組を長年制作してきた。「生きる」は、この訴訟の弁護団長で旧知の吉岡和弘弁護士から「映像の記録を残せないか」と相談されたことがきっかけだ。自身は震災の取材はしておらず、最初に原告団の会議で「映画を作りませんか」と呼びかけた時には、全員から反対されたという。

「大川小は多くのメディアが取材していて、遺族とも信頼関係ができていた。私に対しては、こいつ誰だ、何のために映画を作るのか分からないと」。吉岡弁護士らと説得を重ねて合意を得て、震災直後から遺族が撮りためた映像記録を見ることができた。200時間に及ぶ映像には、事故直後に開かれた市教委の説明会や、事故の状況を検証した第三者委員会の発表会見、裁判所による実地検証、弁護団会議、遺族会議まで収められていた。

「すべて遺族の視点から撮影されていた。当時の様子を知るために見始めたが、そこにいるかのように引き込まれた」。市教委の説明会は何度も開かれるが、回を重ねるごとに遺族との溝は広がっていく。「それが悔しくてたまらない。その思いを観客と共有したい」。漠然としていた映画のイメージが固まったという。


「『生きる』大川小学校津波裁判を闘った人たち」©2022 PAO NETWORK INC.

被害者像は作らない ありのままの姿を

この映像を編集し、遺族へのインタビューや事実経過の説明を挿入。報道番組では中立性、客観性重視を求められたが、今回はそこにこだわらなかったという。「客観的な記録では感じ取れない、言葉にならない思いを伝えよう」。視聴者が受け入れやすい〝被害者像〟〝遺族像〟も作るまいと決めた。

「自分の職業柄、『泣いて苦しんでいる』『どん底からはい上がろうとしている』といった遺族像を作ってしまいがち。しかし、原告団の中でも思いは異なっているし、違う物語がある。そこを尊重すべきだと思いました。遺族の側にも一部が切り取られることには違和感があり、ありのままの姿を描いてもらいたいと希望していた」
 
そして、自身は「作品を作る」ことより「伝える」ことに徹した。「『届けたいこと』をメインに考えると共感を得るための手段になる。その手法で作れば、評価されるのは作り手である私。『良い映画だった』と。でもこの作品で遺族が望んだのはその共感ではないんです。目的は、遺族の活動を正しく理解してもらうことなんです」


日本人の法意識を変えたい

裁判は遺族側の勝訴で結審したが、ここで終わりではないという。勝訴後に原告への脅迫事件が起き、補償金目当てという心ない中傷もあった。「裁判に勝っても『大川小で何があったか』の説明はなく、事態は1ミリも動いていない。事実を知らずに思い込み、批判している人もいる。経緯をきちんとを知ってほしい」

そして吉岡弁護士らとの間で「日本人の法意識を変えたいという思いを共有している」と話す。「権利を主張するだけで誹謗(ひぼう)中傷される社会は、明らかにおかしい。大川小の裁判だけでなく池袋の暴走事故でも、被害者遺族への殺害予告があった。権利が守られていなければ訴訟で声を上げるしかないのに、それを許容できない社会へのむなしさやいらだち、悔しさは常にある。小さい声、少数の声がいかに大切か、歴史に埋もれている被害や実態を伝えていきたいと思う」

アンコール上映も

受賞を記念し、各地でアンコール上映が予定されている。詳細はホームページへ。
また寺田監督は台湾先住民についての新作ドキュメンタリーも撮影を進めており、クラウドファンディングも実施中だ。https://for-good.net/project/1000458

【第78回毎日映画コンクール】
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【受賞者インタビュー】
 
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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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