第78回毎日映コン・スタッフ部門 講評・選考経過

第78回毎日映コン・スタッフ部門 講評・選考経過

2024.1.30

毎日映コン選考経過と講評 監督賞「月」覚悟感じる 脚本賞「せかいのおきく」圧倒的評価

毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。

ひとしねま

ひとシネマ編集部

第78回毎日映画コンクールは、各部門で2段階選考を行った。「作品」「俳優」「スタッフ」の各部門は、映画評論家ら約70人の選考委員による投票で1次選考を行い、「アニメーション」「ドキュメンタリー」の両部門は、推薦・公募で集まった作品から1次選考委員による討議で、それぞれ候補作を決定した。2次選考は各部門の選考委員が討議し、受賞作・受賞者を決めた。外国映画ベストワン賞は、選考委員による2回の投票で決定した。田中絹代賞は、特別賞とともに諮問委員会で選ばれた。各賞の2次選考の経過と、選考委員による講評を紹介する。


【スタッフ部門】監督賞 石井裕也「月」 賛否分かれる題材に責任負い

ほかに是枝裕和(怪物)、阪本順治(せかいのおきく)、塚本晋也(ほかげ)、森達也(福田村事件)、山崎貴(ゴジラ-1.0)。

石井に「賛否ある題材を責任を負って作った」「人間と社会の闇を描いた」、塚本に「この題材を、限られた予算でやりきる志と技術を尊敬する」、是枝に「バランスが取れている」、山崎にも「視点が新しく見たことのないゴジラ映画」。1回目投票は塚本4、石井3、山崎、是枝各2と割れた。決選で石井7、塚本4と逆転。


監督賞 石井裕也「月」=和田大典撮影

不条理たたく腕力

【講評】「映画」という言葉に対し、個々に思い描くものの差異が広がり続ける現在、映画監督には「映画とは何か」という問いから始まる自作へのプロデュース力がかつてなく必要とされている。「撮影所」という「職場」も今はなく、「フリーランスの職能集団で映画をつくりあげる」容易ではない仕事状況のなか、「月」と「愛にイナズマ」、共に評価の割れる2作を放った石井裕也監督。本賞の対象「月」は、辺見庸という稀有(けう)な作家作品を映画言語に置き換えた脚本の胆力も話題となったが、この世の不条理をたたく腕力、俳優たちから引き出す新たな顔、そして自身の覚悟が突出した。常に「挑戦」という言葉が立ち昇る「永遠の若手」と呼びたい映画監督である。(荒木啓子)

【受賞インタビュー】
監督賞 石井裕也「月」「人とは何か」問い続けるしかない 連続殺傷事件を映画化した覚悟と葛藤 それでも「やってよかった」


脚本賞 阪本順治「せかいのおきく」 汚穢屋から見る江戸社会 斬新な発想 

ほかに足立紳・松本稔(雑魚どもよ、大志を抱け!)、荒井晴彦・中野太(花腐し)、佐伯俊道・井上淳一・荒井晴彦(福田村事件)、坂元裕二(怪物)、港岳彦(正欲)。

「子どもの葛藤を描き力がある」と「怪物」、「歴史への切り込み方、ドラマとする腕力、野心が魅力的」と「福田村」、「人物の描き方に面白みがある」と「雑魚ども」、「新しい視点の時代劇」と「せかい」。意見は割れたものの投票では、せかい8、福田村2、雑魚1。


脚本賞 阪本順治「ほかげ」=渡部直樹撮影

すかっと楽しませる緻密な構成

【講評】江戸の糞尿(ふんにょう)を郊外へ運び農家へ売り糊口(ここう)をしのぐ汚穢屋が中心人物である。そこここに糞尿を登場させて、江戸の循環型社会、格差社会を見せつける発想は斬新で際立っている。それでいてすかっと楽しませる脚本は実に練られた緻密な構成(=設計図)である。武家育ちでありながら長屋暮らしで恥じらいが先立つおきくは、汚穢屋の2人と出会って間もなく声を失う。伝えたいことがある。葛藤の末、言葉が生まれる。伝えようとする。秋の長雨で厠(かわや)があふれかえった長屋の路地に、やがて雪が降り積むシーンへの展開は見事だ。こうした構成の上に「せかいってことば、知ってるか?」と排便の後に問いかけるおきくの父の、講談好きでよくしゃべる矢亮らのセリフが生きている。(大石みちこ)


日本映画大賞「せかいのおきく」阪本順治監督 業界にけんかを売ったふん尿譚「こういうこともあるんだな」

撮影賞 鎌苅洋一「月」 闇を映し出した

ほかに、笠松則通(せかいのおきく)、川上皓市・新家子美穂(花腐し)、近藤龍人(怪物)、柴崎幸三(ゴジラ-1.0)、浜田毅(首)。

「見たことのないカットにドキッとした」「監督とのタッグで作家性が明確」「闇を映し出した」と鎌苅、近藤に「学校空間の捉え方に創意と工夫があった」、柴崎にも「外国映画と見劣りしない」、浜田に「これ見よがしでなく巧妙な技術を駆使した老練さ」と割れた。投票で近藤4、鎌苅3、浜田、柴崎各2。上位の決選で鎌苅6、近藤5と逆転。


撮影賞 鎌苅洋一『月」=勝田友巳撮影

名手ぞろい 激戦交わした

【講評】今年はとりわけ名手ぞろいで、作品と撮影を分けて選考することが困難であった。レベルの高い接戦に激論が交わされた。浜田の「首」、川上・新家子の「花腐し」、笠松の「せかいのおきく」は成熟した手腕を十分に発揮し、観客の生理も踏まえて新しい精神世界を引き寄せている。また白黒映像も無理なく使われていた。圧巻なのは柴崎の「ゴジラ-1.0」、近藤の「怪物」である。作品としての完成度の高さで日本映画のレベルを高く引き上げたし、明らかに撮影が貢献している。ここに鎌苅の「月」が切り込んでくる。誰もが拒絶したいと思う精神世界を描くために、光と闇を駆使して作品を練り上げてきた。撮影が際立つうえに作品を見事にまとめていた。(渡部眞)

美術賞 上條安里「ゴジラ-1.0」 終戦後の焼け跡 膨大な仕事量

ほかに瀬下幸治(首)、原田恭明(花腐し)、原田満生(せかいのおきく)、三ツ松けいこ(怪物)

「CG含め、心が躍った」「終戦直後の東京が生々しい」「監督とのコンビでキャリアのピーク」と上條、「秘密基地にワクワクした」「撮影場所も見事」と三ツ松、「汚物の造形がいい」「長屋の質感が巧み」と原田満・堀明。投票で上條6、三ツ松3、原田満2。

伝統と最新技術で怪獣映画超える


美術賞 上條安里「ゴジラ-1.0」=内藤絵美撮影

【講評】「ゴジラ-1.0」が国内外で話題となり評価されたのは、紛れもなく日本映画の伝統と成熟した最新技術のたまものだ。見た者を圧倒する映像の画力と、悩める人間社会で理不尽に暴れるゴジラの物語が、本作をただの怪獣映画ではなく、日本映画史に名を刻むであろう傑作実写映画に高めた。バーチャルと共にリアルを担当する美術は、総合的世界観の創造から黒焦げの木っ端一つの造作、配置まで、仕事量は膨大だ。終戦後の焼け跡、闇市のセット、艦船や航空機の造作など、培った知識と技術を駆使した上條と装飾の龍田哲児ら美術チームを称賛する。「怪物」の廃電車、「せかいのおきく」の長屋とかわや、「花腐し」のディープな雨の世界、「首」の安土城天守閣も高評価。(鈴木隆之)

音楽賞 ジム・オルーク「658km、陽子の旅」 全員が高評価

ほかに坂本龍一(怪物)、佐藤直紀(ゴジラ-1.0)、小林武史(キリエのうた)、安川午朗(せかいのおきく)。

「良い形で物語に寄り添った」「しんどい話を救っている」「映像とのコラボが絶妙」などと、ほぼ全員がオルークを高評価。「日本に貴重な音楽劇」と小林も。投票ではオルーク9、小林2と圧倒。

観客の感性に訴え、作品の脈動担った


音楽賞 ジム・オルーク「658km、陽子の旅」=渡部直樹撮影

【講評】場面描写、状況説明、人物造形、心理表現等を重ねながら進める従来の映画音楽書法は色あせ、昨今は映像により密着する楽曲群で劇進行を補強し、音響デザインも範疇(はんちゅう)に収める音楽趣向で、見る者の感性に訴えかけるとともに映画の脈動をも担うかのごとき様式が大勢を占める。受賞作のジム・オルークの技巧はその適例と言え、選考委員の支持が集中したのも必然と映る。熊切和嘉監督の作家性に精通するオルークは彼の演出意図をくみ、新たな一歩を踏み出した陽子を静謐(せいひつ)かつ幻想的な響きで抱擁し、彼女を温かく後押しする。石橋英子の歌声も胸に染み込む。上質な音空間に身を浸らせる快感があった。映画技術の中で時代の息遣いに最も敏感なのが音楽。さらなる次元に向かう映画音楽形態に思いがはせる。(小林淳)

録音賞 志満順一「せかいのおきく」 セリフ届ける技術秀逸

ほかに、高須賀健吾(月)、竹内久史(ゴジラ-1.0)、冨田和彦(怪物)、深田晃(花腐し)。

この部門で最も長い議論となった。「ほえ声に生々しさ」「音の表情が豊か」「お金と手間をかけた音作り」と竹内、「リアルさで抜きんでている」と高須賀。しかし「劇場設備に頼らずセリフを届ける技術が重要」との評価基準が示され、日本映画の撮影現場や劇場音響に議論が波及。「作品の世界観への貢献度」「サウンドデザインの成果」などから再検討。投票で竹内5、高須賀、志満各3。志満の熟練の技術に注目する意見も。再投票で志満5、竹内4、高須賀2。さらに決選で志満7、竹内4と大逆転。

丁寧な仕事 ベテランの面目


録音賞 志満順一「せかいのおきく」=宮本明登撮影

【講評】それぞれに特徴がある良い作品だった。音のフォーマットもドルビーアトモスや3.1チャンネルなど幅広く、選考基準をどこにするのか、難しい問題に悩むことに。第一には、セリフが適切な音量で聞きやすく整音できていたか。第二に効果音・音楽が適切にミキシング処理されていたか。この2点でもっとも良かったのが「せかいのおきく」だった。江戸時代が舞台なので、撮影現場ではセリフも含めて現代の音が入ってはいけない。効果音選びも大切だ。長屋の朝鐘の音は何回か、カエルの鳴き声をどの音にするか。きちんと調べなければいけない。映画を楽しんでもらうことが大切だから録音の技術力は直接的には評価されないが、丁寧な仕事はベテランの面目躍如だった。(田辺信道)

【選考経過・講評】
作品部門 日本映画大賞「せかいのおきく」 選考委員全員が推した

■俳優部門/田中絹代賞
女優主演賞 杉咲花 魔術に近い俳優の仕事
男優主演賞 鈴木亮平 演技の深淵に近づく一歩
女優助演賞 広瀬すず 難役を伸び伸び演技派へ
男優助演賞 宮沢氷魚 「龍太」と恋に落ちた

田中絹代賞 薬師丸ひろ子 時代駆け抜け永遠不滅
 
スポニチグランプリ新人賞 サリngROCK 映像でもっと見たい
スポニチグランプリ新人賞 アフロ 役を生む表現者の本領発揮

■アニメーション部門/ドキュメンタリー部門/特別賞
大藤信郎賞 「君たちはどう生きるか」心揺さぶる過激なアート

【スタッフ部門2次選考委員】
荒木啓子(ぴあフィルムフェスティバルディレクター)、大石みちこ(脚本家、東京芸術大学大学院映像研究科教授)、小林淳(映画評論家)、坂野ゆか(川喜多記念映画文化財団チーフコーディネーター)、鈴木隆之(日本映画・テレビ美術監督協会理事)、立田敦子(映画評論家)、田辺信道(録音監督)、森直人(映画評論家)、吉田大八(映画監督)、渡部眞(名古屋学芸大学メディア造形学部教授)、勝田友巳(毎日新聞社学芸部)

【1次選考委員(順不同)】
樋口尚文、寺脇研、出口丈人、木全純治、平山允、襟川クロ、佐藤雅昭、鈴木元、金原由佳、大高宏雄、関口裕子、小林聖太郎、北小路隆志、渡部実、津島令子、石坂健治、宮澤誠一、野島孝一、北條誠人、轟夕起夫、ミルクマン斉藤、坂野ゆか、矢田部吉彦、細谷美香、荒木啓子、恩田泰子、三留まゆみ、古賀重樹、小菅昭彦、小西均、佐伯知紀、立花珠樹、賀来タクト、塩田時敏、石村加奈、尾形敏朗、吉田伊知郎、中山治美、高橋諭治、立田敦子、三浦理高、小野民樹、森直人、竹内公一、柏原寛司、富山省吾、磯貝正人、岡本耕治、小林淳、秋本鉄次、小野耕世、川口敦子、福永聖二、村山匡一郎、鬼塚大輔、金澤誠、国弘よう子、きさらぎ尚、北川れい子、掛尾良夫、萩尾瞳、内海陽子、安藤紘平、田中文人、稲垣都々世、相田冬二、谷川建司

ライター
ひとしねま

ひとシネマ編集部

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