第78回毎日映画コンクール・アニメーション映画賞「アリスとテレスのまぼろし工場」岡田麿里監督=渡部直樹撮影

第78回毎日映画コンクール・アニメーション映画賞「アリスとテレスのまぼろし工場」岡田麿里監督=渡部直樹撮影

2024.2.02

「恋する思いが世界を壊す」 閉塞を打ち破るエネルギーに 毎日映コン・アニメ賞「アリスとテレスのまぼろし工場」 岡田麿里監督

毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。

勝田友巳

勝田友巳

脚本家として長く活躍し、ヒットアニメを連発してきた。「アリスとテレスのまぼろし工場」は監督第2作。「長い時間をかけてスタッフと完成させただけに、うれしいです」

【選考経過と講評】
■アニメーション部門/ドキュメンタリー部門/特別賞
アニメーション映画賞「アリスとテレスのまぼろし工場」心うごめかす止めようのない思い


 

時間の流れが止まった町 コロナ禍と重なる閉塞感

製鉄所の爆発を機に時間の流れが止まり、変化が禁じられた町が舞台。主人公の中学生、正宗たちも町に閉じ込められていたが、恋を知って心が動き、やがて世界が変わり始める――というSFファンタジー。物語を覆う閉塞(へいそく)感や無力感が、コロナ禍の気分とピッタリと重なった。しかし物語の着想はコロナ禍のずっと前に書きかけていた、小説の中にあったという。
 
「思春期に感じた、今いる場所から出られない窮屈さを、多くの人と共有できる感情にしようと思っていた。自分は動けず変われないのに、周りがどんどん変化していくのが怖くて」。脚本執筆中にコロナ禍に見舞われ、期せずして物語の世界が現実となった。「普通は、災害や争いの中で生きる人と、その外にいる人では、受け止め方に差が生じてしまう。外にいる人がいくら寄り添おうとしても、理解できない部分があると思う。でもコロナ禍では、全員が一緒に閉じ込められて、同じ状況になってしまった」
 
世界中の誰もが〝当事者〟となり、同じ気分を共有した。行動制限が感染拡大防止のためと分かっていても、外に出たい、誰かと会いたいという気持ちにかられた人も多かったろう。「普通に暮らしていた時には変化は美しいこととされていたのに、コロナ禍では動くなと言われた。それでも人は勝手に変わっていくし、変わらないことは難しい」。そんな思いが物語となった。


「アリスとテレスのまぼろし工場」©新見伏製鐵保存会

すごい生命力の作品に

町の人たちは、世界が元に戻ったときに戸惑わないようにと、心身が同じ状態を保つよう強いられている。そんな中で正宗は同級生の睦実と近づき、工場に閉じ込められている不思議な少女五実と出会う。3人の間に新たな感情が育っていく。通常の青春ものなら、恋心はロマンチックな題材だが、この作品では世界を揺るがし破壊する。
 
「生命力がすごい作品にしたいと思っていました。恋している時は食事をしなくても生きられるような、バカみたいなエネルギーが出る。愛は日常にフッと現れるけれど、恋は違う場所にあって、暴力的ですらある。その強い恋の思いが、世界を壊すほどの生命力、エネルギーとなるところを描いてみたかったんです」
 
正宗と睦実のキスを五実が目撃したことを契機に、一気にエネルギーが噴出する。そのキスシーンの長さはファンの間で話題となるほど。「恋って、どこまでが当事者か分からない。ここでは五実も当事者で、2人のキスを見て心が揺れ動き空がひび割れてしまう。見た人が自分も恋がしたくなるような映画ではないかもしれないけれど、恋は、いろんなものが見えてくる突破力になると思う」


 

監督だからこそできることを

10代からゲームやアニメの脚本家として活躍。脚本を手がけた「劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(13年)、「心が叫びたがってるんだ。」(15年)などは大ヒット。18年「さよならの朝に約束の花をかざろう」で監督デビューし、これが2作目だ。
 
「監督するなら脚本だけの時にはできないものを描きたかった。脚本は監督やプロデューサーの要望に合わせなくてはならず、その中で自分をどう出していくか。実際の制作の現場には入れないことにも、モヤモヤしていた」。作品のすべてに関わることで、従来とは違う作り方にも挑戦できた。「物語の大きな枠を作ってキャラクターを当てはめるのではなく、キャラクター同士がぶつかり合って物語が動くようにしたかった。カメラに映っていないところでも、登場人物の気持ちがずっと動き続けているような」
 
脚本段階から、副監督に平松禎史、キャラクターデザインに石井百合子、美術監督に東地和生と前作でも組んだ旧知の仲間を迎えて取り組んだ。「断念した小説を読んでもらうところから、どんな画(え)にするのかアイデアを出し合った。私の中で不確かだったイメージも、一緒に時間を重ねていく中でポンとアイデアが出てくる。みんなで作っていくのが、楽しかったです」
 
壮大で美しい映像も、選考では高く評価された。変化の兆しが表れると空がひび割れ、裂け目を塞ぐために製鉄所から「神機狼」が現れる。映画のクライマックスでは、正宗たちの感情の高まりが世界を文字通り打ち破り、激しいアクションを展開する。「キャラクターの感情が世界に及ぼす影響を、画で突き詰めたかった」
 

「見たことがないもの」を目指し

「見たことがないもの」を目指し、完成披露の直前まで手を入れ続けた。「例えば、空に亀裂が入る場面では、裂け目のエッジの輝き方や幅の広さで見え方が変わる。とことん話し合った。誰かが諦めたらそのカットは存在しない。みんなのエネルギーが団子になって押し寄せてくるような現場で、一緒に走り抜けた感じがありました」
 
その作業を振り返り「アニメっていいなと思いました」。「自分が子どもの頃、劇場で見たアニメ映画は大人っぽくて、テレビシリーズの映画化であっても印象が違っていた。なぜか分からないなりにひかれていたんですが、自分が監督になってみて、それは作り手の思いの量だと気づきました。子ども向けの作品の顔をしながら、伝えたいこと、成し遂げたいことがものすごく込められていた。作品の外にある、作り手の信念や葛藤まで感じられたんです」
 
監督を続けたいですか、と聞いたら、少し考えて「はい」と答えた。「やりきったという思いもある。だから、やり残したことがあるからではなくて、もっと挑戦するために、また監督をしたい。賞はその力になります」

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

渡部直樹

わたなべ・なおき 毎日新聞写真映像報道センターカメラマン

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