第78回毎日映画コンクール・大藤信郎賞、特別賞 鈴木敏夫プロデユーサー=宮本明登撮影

第78回毎日映画コンクール・大藤信郎賞、特別賞 鈴木敏夫プロデユーサー=宮本明登撮影

2024.2.03

「コーヒー飲む?」 「やらない」と決めていた鈴木敏夫を翻意させた宮崎駿の一言 大藤信郎賞「君たちはどう生きるか」

毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。

勝田友巳

勝田友巳

宮崎駿監督の作品が毎日映コン・大藤信郎賞を受賞するのは、実に7回目。日本のアートアニメの祖、大藤信郎の名前を冠し、実験的、挑戦的なアニメーションに贈られる。アニメの最先端を走り続けた巨匠は、引退から復帰して再び最先端に躍り出た。一切表に出ないという方針を貫く宮崎監督に代わって、盟友の鈴木敏夫プロデューサーに「君たちはどう生きるか」について存分に語ってもらった。自身も今回、スタジオジブリ作品を支えた功績と「君たちはどう生きるか」の成果で、特別賞を受賞している。

「大藤信郎賞の価値は、高畑勲の方がよく知ってたんですよ」。「かぐや姫の物語」で第68回毎日映コン・アニメーション映画賞を受賞した際、高畑は「大藤賞じゃないのか」と残念がった。「『君たちはどう生きるか』は、宮崎が高畑への尊敬を前提に作った作品ですから、いちばん喜んでるのはあの世にいる高畑かもしれない」。鈴木は「君たちはどう生きるか」は宮崎と高畑勲との出会いと交流を描いた映画になるはずだったと明かすのである。

【選考経過と講評】
■アニメーション部門/ドキュメンタリー部門/特別賞
大藤信郎賞 「君たちはどう生きるか」心揺さぶる過激なアート


「君たちはどう生きるか」©︎2023 Studio Ghibli

引退撤回「みっともないのは分かってる」

2013年、宮崎は記者会見を開き、「集中力の衰え」を理由に引退宣言した。ところがしばらくして、鈴木にもう一度作りたいと持ちかける。「言われた瞬間、やめましょうと言ったんですよ。過去の偉大な監督の〝もう一本〟で成功した作品ありますかと。そしたら『みっともないのは分かってる』と」

「20分だけ絵コンテ描かせて」と言ってから4カ月後の週末、「ダメって言われたらやめるから」と出来上がった絵コンテを渡された。「読んでびっくりしたんですよ、面白くて。でも、このまま維持できるのか、絶対崩れると思った。だから、面白いけど反対しようと決めた」

月曜日の朝、車でアトリエに向かいながら「会った瞬間に『やっぱりやめよう』と言おうと思ってた」。ところが到着したら、宮崎が先に来て待っている。鈴木が車のドアを開けようとすると、外から開けて「コーヒー飲む?」と声をかけた。

「その一声、忘れないですよ。沸かしたことのないコーヒーを自分で沸かして。そこで、あきらめました、しょうがねえなと。2人でコーヒー飲みながら雑談して、沈黙が訪れた時に、僕から『やりますか』と」。宮崎がいかにその一言を喜んだか、後に鈴木の個展を開く際「鈴木さんの印象に残っている言葉」を求められて宮崎が書いたのが「やりますか」だったとか。


高畑勲にささげるはずだった

「君たちはどう生きるか」は、宮崎が初めて「自伝をやる」と取り組んだという。「描きたかったことは二つ」と鈴木は言う。「一つは、自分のことを描く。これまで少年を主人公にしなかったのは、少年のことはよく分かっちゃうから。でも、そのまま描くのはイヤ、といってウソもイヤ。女の子ならよく分かんないから、理想として描けたんですよ。それがふつふつと湧き上がって、自分のことを描きたくなった。もっとも主人公らしくない主人公ですよね」

「もう一つは高畑さん」。高畑は宮崎よりも6歳上、東映動画の先輩だった。「宮崎は東映動画で高畑に出会って、作品スタッフとしてより、組合運動の中で高畑を支えてたんですね。『太陽の王子 ホルスの大冒険』で下っ端だった宮崎を見いだして、描かせた。そのいきさつがあって、自分の今日があると。高畑との出会いから、何を教えられたかという映画になるはずだった。ほんとの自伝なんです」

ところが2018年に高畑が亡くなり、宮崎の絵コンテ作りが止まってしまう。「高畑さんにささげるという映画だったのに支えがなくなった。放心状態になって1年間描けなくなっちゃう。立て直すのは時間がかかって、それだけ大きい存在だった」


大伯父の正体と眞人の決断

物語は大きく変わり、少年とアオサギ男との冒険譚(たん)となった。とはいえ、高畑の姿は映画のそこここに現れている。主人公眞人は、行方不明になった大伯父と謎の塔の中で出会い、彼が世界の秩序を保っていたことを知る。大伯父からその仕事を「受け継いでほしい」と求められた眞人は拒否する。「大伯父が出てきた時から、高畑さんだなと思った」という鈴木は「あれはね、宮崎の覚悟ですよ。今まで言われたことは素直にやってきたけれど、この年になったら自分の足で歩いて行く、そういう決断をする」。ほかにも自伝的要素が見え隠れするそうだ。「子細に見てくとね、あれは東映動画、あれはジブリと、見る人には分かります」
 
もちろんこれは裏設定。宮崎アニメらしく、眞人は異界に踏み込んで、アオサギ男をはじめ不思議な存在と次々に出会いながら、母親を捜し求める。独創的なイメージと奇想天外な物語はこれまで以上に脈絡がない。選考ではその奔放さに驚きの声が上がった。


映画はストーリーじゃない、表現だ

「理解しようとすると面白くないですよ。宮崎は高畑さんにたたき込まれたんです、映画は画(え)だと。お話なら小説を書けばいい。アオサギの中から人間が出てくるなんて、手描きじゃなきゃできない表現で、お客の気持ちをつかまえる。映画は本来、映像そのものの驚きじゃないですか。それがいつの間にかストーリー主義になって、話のつじつま合わせになっている。宮崎は、映画はストーリーじゃない、表現だってことを、やってのけたと思います」

もっとも、展開のいつも以上の奇抜さは「偶然の結果」と見立てた。「眞人みたいな少年が主人公じゃ映画として持たない、話を大げさにしなきゃと。自分が主人公だから、恥ずかしくてしょうがない。覆い隠すためなんですよ」


宮崎アニメを若返らせたかった

作品のすべてをコントロールする宮崎の映画作りは、自身にもスタッフにも高いハードルを課し、仕事量も膨大だった。70代半ばに差し掛かり、これまでと同じようにはできない。「そこは精神論ではなく、クールに考えました。絵コンテはすごかったけど、今まで通りやったら失敗作になると思ったんです。コンテが面白くても、表現がダメだろうと」

そこで若い才能に目を付けた。庵野秀明監督の「エヴァンゲリヲン」シリーズなどに携わっていた、本田雄だ。「君たちはどう生きるか」に作画監督として参加している。「宮崎に電話で、本田くんで作画やりたいっていったら、反対しましたね。僕の意図が分かったんですよ、おれじゃ描けないと思ってるだろと」。1年後、本田の名前が宮崎から出た。「『作画監督だけど、本田くんどうかな』と。おれが言ったんだ、あんたが決めたんじゃないんだよってことなんだよね。負けず嫌いなんですね」

庵野の了解を取り、本田を口説き落として迎え入れた。「宮崎アニメを若くしたかったんですよ。それをやんなきゃ作る意味ないと思った」。現場の空気も変わった。「あなたの思うようにはやらせないと。僕がやった仕事はそれに尽きる」。これまで以上の緊張感もあったという。最初のラッシュを見た宮崎は「鈴木さん、我慢だよ」と耳打ちした。「自分が我慢してるんだね。納得しないですよ。緊張感は、最後まで続きました」

単独製作、宣伝はしない「一生に一度はやってみたかった」

製作委員会ではなくスタジオジブリの単独製作だったのは、宮崎のために環境を整えたからだ。「お金と時間をかけて、思いっきり自由に作ってほしかった」。これまでジブリ作品を支えてきた出資者には「どのくらいかかるか分からない、完成しないかもしれない。ビジネスとして期待すると失敗するから、やめた方がいい」と説明した。

一切の宣伝を控えた。タイトルとポスターを告知しただけで、予告編も広告もなし、内容や声優も公開前には明かさない。プレス向けの試写はやらない、取材も受けない。異例の取り組みだった。「夢のプラン。やってみたかったことは確かですね、一生に一度ぐらいは」

「子どもの頃は、内容も主人公も知らずに見に行って、映画館に行くだけでワクワクした。その再現をしてみたかった。情報がないことが最高のサービス」。結果は興行収入90億円に迫って大ヒット中。海外でも受け、アカデミー賞候補にもなった。


信頼関係じゃない、だまし合いの45年

「興行は赤字になると思ってたんです。宮崎の新作というだけで、ある程度の期待値はあった。でも、こんなに入るとは思ってなかった。宣伝をしたらもっと入ったという人もいるけど、逆だという気がする。今の映画宣伝は過熱していて、宣伝しすぎて入らないということもあると思う」。大量の宣伝にさらされて、見た気になってしまうこと、確かにある。ただ、宣伝しなかった最大の理由は別にあると、笑いながら明かした。「あれだけ盛大な引退記者会見やっといて、もう一回やるときに大宣伝したら恥ずかしいですよ」

華々しい現役復帰。さて今後は。「宮崎次第ですよね。やるというなら手伝わなきゃしょうがないのかな」。2人が出会って45年。「君たちはどう生きるか」も、信頼関係に基づいたプロデューサーの手腕がなければ完成しなかった。「信頼関係じゃないですよ。だまし合い。『君たちはどう生きるか』で感心したのはね、眞人とアオサギ男とのやりとり。あれは僕と宮崎の普段の会話がそのまんま出てる。よく覚えてると感心しました」

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

宮本明登

毎日新聞写真部カメラマン

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