第78回毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞 アフロ=三浦研吾撮影

第78回毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞 アフロ=三浦研吾撮影

2024.2.06

ついに来た出演依頼も「ほやマン」に「これじゃない!」 アフロ「さよなら ほやマン」 毎日映コン・スポニチグランプリ新人賞 

毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。

木村光則

木村光則

バンド「MOROHA」のMCとして活動するミュージシャン。初めて本格的に出演した映画「さよなら ほやマン」で、宮城・石巻の離島で弟と暮らす兄アキラを演じ、見事受賞。撮影後「アキラの葛藤は俺のものだった」と言うほど、役と一体化した。その言葉にはどんな意味が込められていたのか。
 
【選考経過・講評】
スポニチグランプリ新人賞 アフロ 役を生み表現者の本領発揮


誰もリスクしょわねえのかよ

「映画の仕事に携わっている友達や先輩からずっと『絶対役者は向いてるよ』って言われてきたんですけど、誰もオファーしてくれない。なんだリスクはしょわねえのかよ」と、いじけていたが、ある日、楽屋に庄司輝秋監督がやって来て「あなたにしかできない役です」と台本を渡してきたという。
 
「ついにリスクをしょいますよという男が来たんですけど、台本にでっかく『ほやマン』と書いてあって、これじゃないと思った」と笑う。その表情を見た庄司監督が「中を読んでください。読んでいただいたら、何か感じるものがあると思う」と言った。「それで読んでみたら、自分になぜオファーが来たのかよくわかる作品だった」

それでも迷いは消えない。そこで、ミュージシャンという本分に委ねることにした。「自分はラップをやっているので、アキラという役になりきって作詞できるか考えてみた」。すると、曲ができあがり、出演を決意したという。


「さよなら ほやマン」©2023 SIGLOOFFICE SHIROUSRooftopLONGRIDE

海に囲まれたアキラ 山で育った自分

アキラは、東日本大震災で両親が行方不明となり、知的障害のある弟シゲル(黒崎煌代)を守りながら、漁師をしている。そこに東京から謎の漫画家・美晴(呉城久美)が島を訪れ、2人の家に住み込むようになる。奇妙な共同生活の中でさまざまな騒動が起き、アキラはやがて、「もっとクリエーティブなことをしたい」「島を出たい」という焦燥感を募らせていく。

アフロは山に囲まれた長野県の村で生まれ育った。「都会から来た20代、30代の人が、10代の俺の横で『すごくいいところだね。年取ったらこういうとこ住みたいな』って言うんですよ。俺は胸がキュッとなって。子どもだから、ここで住むことにあらがうことができない」と振り返る。「仲間と山を越えて東京に出ることを『脱獄』と呼んでいた。自分たちの人生がいまいちいけてないのは、この山々のせいだと思っていた」。海に囲まれて育ったアキラと、山に囲まれて育った自分。共感から自然と歌詞がわいてきた。


小型船舶免許、素潜り練習「気合あります!」

ただ、俳優ではない自分がうまく演じられるか不安はあったという。そこで、撮影前に小型船舶の免許を取り、素潜りの練習に通った。「役作りの側面もあったけれど、『(俳優は)初心者だけど、気合はあります。本気で頑張ります』というお土産のつもりだった」と話す。するとロケ地となった石巻・網地島の漁師たちが喜んでくれた。「本気でやる気だね、あんちゃんって言って、ロープの縛り方を教えてくれて、船や港での撮影にも協力してくれた」と感謝する。

黒崎や呉城ら共演者にも助けられたという。「(3人は)民宿みたいなところで、ドア1枚隔てたところで寝泊まりしていて、夜寝る前にリビングに集まってセリフ合わせをしたり、その時の役の心持ちについて認識し合ったり、黒崎にも呉城さんにもいろいろ教えてもらった」

アキラは自分の思うがままに生きる美晴にいらだちつつも刺激を受け、自分の生き方を見つめ直す。美晴はわがままそうでいて、実は兄弟を見守っている。アキラと美晴は恋愛関係にはなかなか発展しないが、島の坂で互いに思いをぶつけ合うシーンがある。「監督とは恋愛の要素があまり出すぎない方がいいよね、って話をした。恋愛ドラマ的なときめきとは違う、もっと深い人間的な包容力に包まれているから。坂のシーンは互いの深いところに手を入れて内臓をかき混ぜるような行為。語弊があるかもしれないけど、ラブシーンだったような気がしますね」


演技と音楽 切り離せない

演技をすることは自身の音楽活動と切り離せなかったという。「監督が自分に何を求めているのか。きっと自分が音楽をやっていく中でさらしてきたものを欲しいと思ってくれたと思うので、それを存分に出そうと臨んだ」と語る。

冒頭の「アキラの葛藤は俺のものだった」という言葉も、自身の音楽活動とつながっている。実は、2人組のMOROHAの相方で、同じ長野県出身のUKが昨年、パニック障害を発症し、ライブ活動を一時期休止した。「15年一緒にやってきて、深いところでつながっている。そこは、アキラがシゲルに抱いている気持ちとつながるものがある」

ただ、映画の中で、両親が海で行方不明になったため、兄弟は海産物を食べないことにしているのに、シゲルが兄に隠れてほやを食べているのをアキラが見つけてぼう然とするシーンが、胸に刺さったという。「多分、あいつ(UK)にはあいつの葛藤があって、しんどいってことを俺に言えない時もあったんだろうな、って思った。それはアキラが抱いた『ああ、シゲルは海のもの食べたかったんだ。俺に付き合って食べずにいたんだ』っていう感じと同じ。けど、アキラとシゲルはあの出来事があってさらに深くつながり合う兄弟になる。(UKとも)そういうふうにしていきたいですね」

これからも音楽活動を軸にしつつ、「ミュージシャンとしてのパワーを映画に注ぎ込んでくれ、というオファーをもらえることがあったらいいな」と俳優業にも意欲を示す。「きっとオファーが来ますよ」と伝えると、「来ますかね。いつも言うんですけど、来ますって言ってくれた人に1年後、オファーが1個も来なかったら飯おごってもらうことにしているんですよ。本当に大丈夫ですね」と笑わせてくれた。

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ライター
木村光則

木村光則

きむら・みつのり 毎日新聞学芸部副部長。神奈川県出身。2001年、毎日新聞社入社。横浜支局、北海道報道部を経て、学芸部へ。演劇、書評、映画を担当。

カメラマン
ひとしねま

三浦研吾

毎日新聞写真部カメラマン

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