毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。
2024.2.05
江戸時代の四季を音で演出 「カエルの声も時代物」 毎日映コン・録音賞 志満順一「せかいのおきく」
2度目の毎日映コン録音賞。前回の「北のカナリアたち」(2012年)も、阪本順治監督と組んだ。「日本で映画をやってる限り、もらって一番うれしい賞ですよね、いつかは絶対毎日コンと、みんなの憧れじゃないか」
【選考経過と講評】
■スタッフ部門 録音賞 志満順一「せかいのおきく」 セリフ届ける技術秀逸
白黒スタンダードだからモノラルで
「せかいのおきく」は、江戸時代の庶民の生活と恋模様を、下肥え買いの青年を主人公に描いた時代劇。低予算、白黒、ふん尿が〝主役〟と、日本映画界の主流とは遠く離れた異色作。「自主製作の低予算映画と言われて、最初のロケ撮影は自分の車に機材積んで1人で行ったんだ。助手も雇えなかった」。そんな条件にもかかわらず、撮影の笠松則通、照明の杉本崇と阪本組常連のベテランが結集。
資金調達は製作しながら。4年前と3年前に15分ずつの短編を撮った後、ようやく出資者が現れて長編映画に仕立てた。阪本監督は先にあった短編を元に脚本を執筆。「ムダがなくて、素晴らしい脚本でしたよ」
録音としても、今回は異色作。音響技術も日進月歩。多チャンネル化が進み、映画館には四方にたくさんのスピーカーが設置されて、5.1チャンネル、7.1チャンネルと立体的に音が聞こえてくる。しかし「せかいのおきく」はそうした流れに逆らうように、モノラルを志向した。音は正面からしか聞こえない。
「白黒スタンダードだから、音もモノラルにしようと。スクリーンが狭いのに、その外から音が出たら気持ち悪いでしょ」。とはいえ今は、5.1チャンネルが標準。モノラルに対応していない。「正面のスピーカーだけで音を表現することができなくなってる。自分もそれに慣れちゃってたし」。と言いながらも、そこは昔取った杵柄(きねづか)。「音の強弱やぼかしで全体の広がりを表現した。先人は大変だったと思いましたよ」。映画は9章立ての構成で、各章ラストカットだけカラー映像。ここには広がりのある音を付けた。「効果部にムチャぶりしてね、ここだけ5.1チャンネルに広げてもらった」。狙い通りである。
「せかいのおきく」 ©2023 FANTASIA
撮影は12日 四季は音で表す
撮影は全部で12日。それでも物語は四季を描く。音も季節を表現する大事な役割を担った。「四季折々を音で分かるようにするのが、脚本を読んだ時の第1テーマ」。撮影は初夏。「ラッキーだった。音の出し入れがしやすかったです」
セミが鳴く前だったのは幸運の一つ。「セミの声は録音部の天敵。真夏の撮影だと周囲のセミを追い払わなきゃならないけど、その人手はなかったからね」。水辺のカエルもやっかいだ。「ウシガエルのオタマジャクシがうじゃうじゃいて、カエルになって鳴き始める前だったのもついていた。あれはずっと後になって入ってきたから、江戸にはいなかった。江戸時代にいたと思われるカエルの音を持ってきた」。同じロケ地で撮影した夏の場面では「ウグイスの幼い声を、ちゃんと『ホーホケキョ』と鳴いてるように付け替えた。音ではけっこう遊びました」。
セリフがメインの時代劇 低予算は経験値で補う
時代劇は、衣装もセットもロケ撮影も、現代劇より手間とお金がかかる。音も同様で、神経を使う。「現代劇なら、場面の場所全体の音を意識して録(と)ってくんですけど、時代劇は現代の音はできるだけ入れたくない。現場のセリフをメインにせざるを得ない」。俳優に着けたワイヤレスマイクでセリフを拾うが、「音が詰まった感じになるので、なるべくガンマイクも使うようにしました」。
長屋の住人たちが井戸端に集合する場面では、ワイヤレスマイクが足りなくなった。「小規模低予算で、長屋の人たち全員分なかったんです。主役の3人と女性に着けて、後はマイクを立てたのと、マスターショットとカバーの撮影で補いました。長屋の面々を演じた俳優さんもベテランぞろいで、きちっと芝居できる人ばっかり。セリフの間とかかぶらないようにとか、ほっといてもやってくれた」。不足を補って余りある、ベテランの経験と知恵である。
音を作るにあたっては「セリフを大事にしてます」と言う。「脚本に書かれているセリフを聞き流していいとは思わない。僕らは脚本から読んでるしテストで何回も聞いてるから、はっきり聞こえなくても雰囲気で流すことがある。でも、映画館で初めて見る人にちゃんと分かるようにしないと。耳に届くように整音するし、現場で録れなかったらオンリーで録る。仕上げで整音してもらう。そこは追い込みます」。選考ではまさに「セリフがクリアに聞き取れる」という技術が評価された。
ジャンケンで負けて録音部へ
映画界に入ったのは20代。入学した明治学院大学で、先輩たちがフォーク歌手、高田渡のドキュメンタリー「吉祥寺発赤い電車」を16ミリフィルムで自主製作していた。その撮影を手伝い各地で自主上映し、続けて長崎・軍艦島のドキュメンタリー製作にも参加。許可が下りないままのゲリラ撮影にも協力した。
熱を入れすぎて、いざ就職という段になると入れてくれそうな映画会社は見当たらない。先輩のコネを伝い、「ジャンケンで負けて」録音技師の元へ。右も左も分からないまま、暴走族を追ったドキュメンタリー「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」(1976年、柳町光男監督)に参加。後に劇映画に転じたが、現場では「マイクってこうやって持つのか」というところから始めたという。
「録音が向いてるなと思ったのは、最初から最後まで作品に関われるところかな。脚本からイメージして音を作って、その通りになっていくのが面白かった。音で映像の印象が変わる、音楽の入れどころでシーンの感情の持っていき方が変わる」。音は映画に不可欠ながら、目立ってはいけない。「音を意識されるのもよくない。むしろ聞き取りづらいセリフに引っかからず、観客がスーッと入れるのが大事。画面を見て感情移入してるから、それに沿って考えなきゃいけないんです」
脚本をちゃんと読めよ
映画界に入って半世紀近く。1997年には浦田和治、弦巻裕と音響制作会社「サウンドデザイン ユルタ」を設立、日本映画の代表的作品を手がけてきた。日本映画・テレビ録音協会の理事長として、業界の発展にも目を配る。課題は後進育成だ。若手の志願者が少なく、入ってきても過酷さに耐えられない。「危機的状況」と話す。日本映画制作適正化機構の設立に協力し、環境改善にも取り組んでいる。
助手たちには「脚本を読みなさい、やるべきことが書いてある」とアドバイスするという。「物語の舞台になる場所を考えた音の設計をして、現場に臨めということ。住宅街なら、近くに電車は通っているか、とか。撮影してる時にたまたま電車が通りましたじゃなくて、電車を想定してどう作り込むかまで考えてデザインしていけよと」
「せかいのおきく」には、江戸・木挽町の場面がある。「古地図を見ると、そばに掘割が流れている。それなら船頭の声が聞こえるかな、とか。実際にその音は付けなかったけど、こういう場所と分かって作ってるのとそうじゃないのと、えらい違いですからね」。江戸近郊の村の場面は、丹後の山中での撮影。「季節によってはこの地域でこういうのも鳴くよねと考えて、鳥の声を付けてった」。先輩の教えと培った技術の継承を願うのである。
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