毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。
2024.2.07
「震電の知識は日本で五指。徹底的に調べた」毎日映コン・美術賞 「ゴジラ-1.0」上條安里
「ゴジラ-1.0」は作品部門、監督賞、撮影賞など6賞で候補入りしたが、受賞は美術賞だけだった。「すごいうれしいですけど、自分1人か、と」。第60回に次いで2度目の美術賞。この時の対象作品「ALWAYS 三丁目の夕日」も、「ゴジラ-1.0」と同じ山崎貴監督だった。「山崎さんの作品、毎日映コンでは受賞しないんですよね……」
【選考経過と講評】
■スタッフ部門 美術賞 上條安里「ゴジラ-1.0」 終戦後の焼け跡 膨大な仕事量
どこからCGか、きっと分からない
山崎監督のデビュー作「ジュブナイル」(2000年)から組んできた。CM美術を長く手がけていたが、付き合いのあった制作会社ロボットの阿部秀司から声が掛かり、映画の世界へ。以来、ほとんどの山崎作品を担当してきた。「ある程度任せてくれるし、お互いの好みが分かってるんで。主人公の家はちらかってないと納得いかないとか。2人とも仕事机の周りはガチャガチャです」。けっこう似たもの同士らしい。
「ゴジラ-1.0」は、白組による最先端のコンピューターグラフィックス(CG)技術と上條ら美術の組み合わせで、終戦直後の東京をゴジラが襲う、迫真の映像を作り上げた。「どこまで美術が作ってるか、絶対分からないでしょうね。ぼくも分からないぐらい。だから、美術が何をやったかと聞かれると、答えるのが難しい」
「ゴジラ-1.0」©2023 TOHO CO.,LTD.
集めた木材を御殿場で燃やし
山崎の脚本からイメージをつかみ、美術のデザインを3Dで起こす。白組のVFX(視覚効果)ディレクター、渋谷紀世子らを交えて、セットとCGの分担を詰めていく。今回の美術の最大の仕事は、終戦直後の東京のセットだった。日本で最も広い、1415平方メートルの東宝スタジオ8ステージいっぱいに、戦後の町並みを再現した。
「半分がバラック、残りをヤミ市。とにかくがれきを集めたり作ったり、延々とやってました。Netflixの『今際の国のアリス』の撮影隊が発泡スチロールで作った山のようながれきを全部もらってきたり、家具とか柱とかを集めて、スタジオでは火が使えないから静岡・御殿場まで行って燃やしたり。柱をうろこ状にするのに、とことん焼いて黒焦げにしないとリアルにならない。あぶったり黒く塗ったたりするだけじゃだめなんです」
がれきに始まってがれきに終わった
「バラックも4段階あって、ちょっとずつ違います」。終戦直後の焼け野原から、ゴジラが現れる数年後まで、日本の復興の様子を追っていく。がれきのセットは「心配したけど、そこそこいいのができた」と一安心。ただ欲を言えば、もっと見通しをよくしたかったという。「バラックのシーンは、スカッと広がりがある画(え)がよかった。ヌケをよくしたかったけど、そうなると全カットでCGを入れなきゃならなくなる。CGはゴジラに集中したいということで、壁や建物を入れてなるべく抜けないようにしました」
スタジオで使ったがれきは、地方で撮影した銀座の場面で再利用。「撮影場所の駐車場に並べて。ただそこも道路と地面のほかはほとんどCGです」。せっかく作った大量のがれきなのに、保管場所がなくすべて廃棄したとか。「捨てるのにもお金かかるし、もったいなかった」。ともあれ「がれきに始まって、がれきに終わった感じでした」。
誰にも文句言わせないレベル
もう一つ、手間暇をかけて造ったのが、映画のクライマックスで重要な役割を果たす戦闘機「震電」だ。戦争末期、日本軍が米軍のB29に対抗するために開発を進め、試作機まで造られたものの実用化できなかった幻の戦闘機。
山崎・上條コンビは「永遠の0」(13年)で零式戦闘機を本物に忠実に造り上げた。戦争映画で登場する兵器に、マニアは微に入り細をうがって、ここが違う、あそこがウソと突っ込んでくる。しかし映画作りには時間もお金もかかり、正確さには限界がある。「どのレベルまでやるかですよね」。1000人いるそこそこ詳しい人が見て納得する程度か、全国で五本の指に入る超マニアを黙らせるか。「零戦は5人のレベル。絶対、誰にも文句は言わせないと」
震電の再現にあたっても「徹底的に調べました」。資料をあさり、素人のファンが実物大で再現したものを北海道まで見に行き、開発に関わった関係者の子孫にも会った。「日本で何番目かに詳しくなりましたよ」
誰も見たことのない実物大の精密な「震電」
資料に忠実に、足りない部分は補足し改良も加えながら制作。「出来上がった時はオーッと感動しました。誰も見たことないですからね」。震電は、攻撃性を高めるために機体後部にプロペラを装着、前部には30ミリ機銃を積んだ独特のスタイル。空中戦に備えて機動性も重視している。しかし「造ってびっくりしました。でかいんですよ。しかもバランスが悪い」。
機体を支えるのは細い斜めの脚が3本だけ。「後ろに付いたプロペラは、着陸の時に地面にぶつかってしまう。不安定で、重りを入れないとひっくり返っちゃう。撮影中は危ないんで上からつっていました」。戦時中もテスト飛行はされたが、結果は散々だったという。「脚が収納できないし、全力で飛んでもいない。回転したら落ちる。しかも重たい機銃を積んでない状態だった。エンジンの開発もしていない。試作の試作といった段階で、終戦が延びても実用化されてなかったと思います」
映画では、神木隆之介演じる敷島が操縦し、ゴジラを翻弄(ほんろう)して大活躍。おまけに実際にはなかった脱出装置まで付いている。「脱出装置は、監督の絶対付けたいという要求です。調べてみたら、装着していた飛行機がドイツにあったんです」。映画の中の震電は、よく見ると操縦席にドイツ語の表記がある。「あれを見て、脱出装置に気づいたマニアもいたみたい」
「だって山崎組だから。造るでしょ」
一方で、映画の前半に出てくる零戦は、今回ほとんどCGだった。「コックピットとキャノピーだけ。外観も造ってません」。だったら震電もできそうなのに、なぜ? 「だって山崎組だから、当然造るんで。CGなんて考えない」。やはり似たもの同士なのだ。
高校時代までは映画マニアだったが、映画界で働くとは思っていなかったという。美大を中退してアルバイトとしてCMの制作現場に飛び込んだ。「CMバブル、邦画バブルの時代には大きな仕事もできたし、山崎監督というヒットメーカーとも仕事ができている。この道でよかったです」
オスカー受賞も夢じゃない
デザインはすべて3D。3Dプリンターやレーザーカットといった技術は進化しているものの、「美術の仕事は変わらない」という。「基本的にものを作り上げる作業は同じ。ただ、作る範囲は小さくなっています」。心がけているのは「やりすぎないことかな。美術が目につくようなことは避けようと思っています。見る人がスッと映画に入るための導入、匂いみたいなもの。目立ってしまうと気になるじゃないですか。そういうとこがリアリティーにもつながるのでは」
もう一つは「整えすぎないこと」。取材場所の机にあった名刺や水筒をきちんと並べて「これ、気持ち悪いじゃないですか」。ザッと傾けたり散らしたりして「この方がリアルに見えるでしょ」。現実は規格通りではないし、正統なものばかりではない。「セット臭くなってしまうんですよ。ちょっとヘンなものを混ぜたほうがいい」
「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズや「海賊とよばれた男」で昭和を再現し、「永遠の0」「アルキメデスの大戦」と戦争も調べ尽くした。「狭くて深い知識は、いっぱい」。「ゴジラ-1.0」は、米アカデミー賞の視覚効果賞部門で候補になった。「受賞したら、快挙ですよね」。山崎組、いよいよ世界か。
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