2024年も半分が過ぎ、映画館で配信で、たくさんの作品が公開されています。1年の折り返し点でちょっと立ち止まって、今年の秀作、話題作をおさらいしてみませんか。ひとシネマ執筆陣が、上半期の作品からお勧めの5本を選びました。
2024年上半期 ひとシネマ的総決算
「笑いのカイブツ」 (滝本憲吾監督) 「ゴッドランド/GODLAND」 (フリーヌル・パルマソン監督) 「The 8 Show 極限のマネーショー」 Netflixシリーズ(ハン・ジェリム監督) 「チャレンジャーズ」 (ルカ・グァダニーノ監督) 「ミッシング」 (吉田恵輔監督) 「笑いのカイブツ」©︎2023「笑いのカイブツ」製作委員会 良作、怪作が全方位に 順不同で選んでみたら、統一感なし。「笑いのカイブツ」「ミッシング」は、俳優が熱演したからっていい映画になるわけではないけれど、俳優の肉体なしに映画は成り立たないと改めて痛感。どちらも物語が引っ張っていく映画なのに、岡山天音、石原さとみを見ているだけで圧倒された。自分の血と肉を役に明け渡して自由にさせたような、迫力とすごみ。怖いくらいでした。 「ゴッドランド」はニヒルな人間観察が秀逸な奇作だったし、「チャレンジャーズ」はスポーツと倒錯した恋愛という相反するベクトルが一体化していた。 このところ鑑賞本数と時間が急増している配信作品では、シンプルな空間設計のセットを社会構造と重ね合わせ、個人の属する階層が偶然とか運とか本人の努力では克服できない理不尽な要因で決定づけられる現実の過酷さを説教臭くなく物語に象徴させた「The 8 Show」を一気見。 全方位的にいい作品があったなあと思ったものの、そういえばコメディーが見当たらない。いろいろとすっきりしないことの多い昨今、下半期は三谷幸喜監督の「スオミの話をしよう」が大笑いさせてくれると期待している。
勝田友巳
2024.7.17
「異人たち」 「パスト ライブス/再会」 「Here」 「コット、はじまりの夏」 「ありふれた教室」 「コット、はじまりの夏」© Inscéal 2022 誰かを思う気持ちが人生の豊かさに 私は「ノッティングヒルの恋人」で映画にはまったが、恋愛映画の傾向も時代とともに大きく変化したと思う。もちろん自分が年を取ったからというのもあり、超ロマンチックな物語ではなく、地に足のついたほろ苦い物語にそそられる。 2024年上半期に公開された「異人たち」「パスト ライブス/再会」「Here」は、恋愛の要素を含んではいるが、主人公が自分自身を見つめなおす作品だ。改めて、生き方や人との関わり方について考え、切なさやあたたかさといった余韻に大いに浸ることができた。人生、恋愛だけがすべてではないが、誰かを好きになるという大きなパワーを要する行為が、自分を形作るもののひとつだと思うし、誰かを大切に思う気持ちが、自分の人生に豊かさを与えてくれる。 下半期には、10月11日にホアキン・フェニックス主演の「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」が公開予定で、原作コミックでのジョーカーの恋人ハーレイ・クインを、レディ-・ガガが演じる。こちらも恋愛だけとはいえない物語になりそうで、期待が高まる。
山田あゆみ
「落下の解剖学」 「関心領域」 「BELIEVE 日本バスケを諦めなかった男たち」 「ナイト・エージェント」 Netflixシリーズ 「ザ・クラウン」 Netflixシリーズ ザンドラ・ヒュラー主演2作 演技で見せきる素晴らしさ コラム「オンラインの森」を担当しているので、配信も含めた5本をチョイス。基準は鑑賞後に何かを感じ、それがその時だけのものではないもの、です。 劇場公開作は、くしくもザンドラ・ヒュラー主演作を2本選出。「落下の解剖学」はザンドラの演技と脚本で2.5時間を見せ切った素晴らしさ。フランスの法廷でのお作法なども興味深かった。「関心領域」はタイトルも含め、今年のトップ3に入るだろう1作。「BELIEVE ……」は、選手たちが目標に向けてひたすら考え、努力する姿の尊さがまぶしい。 配信ドラマの「ナイト・エージェント」はサスペンスアクション。スケープゴートにされた男女が真実を突き止める内容は、今の政治の世界でも起こりうる話で絵空事と感じさせない作りが見事。最後の「ザ・クラウン」は偶然見始めた。ご存命の方々が出てくるあたりからはソープオペラを見ている感覚に陥るものの、若きエリザベス2世がいかにして女王としてのスタンスを確立するのかが描かれる1~3シーズンは、歴史ドラマとして見応えと学びがあった。
後藤恵子
2024.7.15
「ボーはおそれている」 「パスト ライブス/再会」 「悪は存在しない」 「関心領域」 「あんのこと」 「ディア・ファミリー」もお忘れなく 「ボーはおそれている」と「関心領域」は全くタイプの違う映画だが、不快感が鑑賞時からふつふつとわき、今も思い出せば心をざわざわさせられる。この感じは田舎町で真夜中に叫び声を聞いた体験に似ている。 「あんこのと」「悪は存在しない」もまた違った映画だが、どちらも新型コロナウイルス禍を描いた作品。あの約3年を経て、映画人の意識の変化はこれからの作品に色濃く残っていくのだろうか。それはどんなものなのであろうか。 「パスト ライブス」は3人の男女の描き方のバランスが心地良かった。片方の勝手な妄想を描いた映画が多いなか、今作るべき映画だったのかもしれない。誰かが誰かを思っているように、誰かも誰かを思っている。 そして、製作委員会を担当したために泣く泣くはずした「ディア・ファミリー」。劇場を出てから一歩も二歩も前へ踏み出せる、勇気と希望の実話です。ぜひともオススメ。
宮脇祐介
2024.7.13
「彼方のうた」 「12日の殺人」 「マンティコア 怪物」 「人間の境界」 「HOW TO BLOW UP」 (公開順) 初見の野心作にも収穫 多くの映画ファンは、新作が公開されたら自動的にチェックする「見逃し厳禁の監督リスト」を持っているはずだ。ちゃんと整理したことは一度もないが、筆者の脳内にも100人以上の私的なリストがあり、今年上半期はそれに含まれる気鋭やベテラン監督たちの新作を数多く鑑賞することができた。 杉田協士「彼方のうた」、ドミニク・モル「12日の殺人」、ショーン・ダーキン「アイアンクロー」、アンドリュー・ヘイ「異人たち」、カルロス・ベルムト「マンティコア 怪物」、アグニエシュカ・ホランド「人間の境界」、ジョナサン・グレイザー「関心領域」。編集部の注文は5本だったが、どれも期待にたがわぬ出来だったため、これだけでもう7本になってしまった。 もちろん初見のフィルムメーカーが放った野心作も見逃すわけにはいかず、エコテロリズムという危ういテーマを濃密な犯罪スリラーに仕立てた米インディーズ映画「HOW TO BLOW UP」(ダニエル・ゴールドハーバー監督)は圧巻の快作だった。加えて、6月最終週にシアター・イメージフォーラムで開催されていた「オーストリア映画週間2024」で鑑賞した暗黒の歴史劇「デビルズ・バス」(仮題/ベロニカ・フランツ、セブリン・フィアラ監督)が大収穫。こちらは2025年公開予定だという。
高橋諭治
2024.7.09
「ゴールド・ボーイ」 (金子修介監督) 「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章/後章」 (黒川智之監督) 「悪は存在しない」 (濱口竜介監督) 「関心領域」 (ジョナサン・グレイザー監督) 「それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン」 (川越淳監督) 快作、傑作、怪傑……愛と勇気のその先に 並びは公開順である。 「ゴールド・ボーイ」は映画の楽しさが詰まった快作。「デデデデ」は日本のポップカルチャーの粋を集めた傑作。「悪は存在しない」と「関心領域」はそれぞれの仕方で現代映画の極北に至った怪傑作。この2作のいずれをも「ひとシネマ」の 連載「よくばり映画鑑賞術」 で取り上げられなかったのは、痛恨の極みである。 2歳半の娘とともに鑑賞した「アンパンマン」は意想外の収穫だった。絵本の世界に入り込んだばいきんまんは、難敵「すいとるゾウ」への雪辱を果たすべく、ルルンの助力を仰ぎながら(というより彼女の不手際による妨害をはねのけながら)、ブリコラージュ精神を遺憾無く発揮してついに木製の「だだんだん」(バイキンメカのひとつ)を作り上げる。幾度倒されようともそのたびに立ち上がり、果敢に挑みかかる不撓(ふとう)不屈のばいきんまんの雄姿は、娘の紅涙を絞って余りあった。
伊藤弘了
「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」 「私の夫と結婚して」 Amazon Prime Videoドラマ 「涙の女王」 Netflixドラマ 「財閥×刑事」 ディズニープラスドラマ 「ソンジェ背負って走れ」 U-nextドラマ 韓ドラ勢い どどまらず 心の奥深くに刺さり、涙が止まらない映画にまれに出会うことがある。「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」がその映画であり、途中からはわけもわからず泣き続けた。教師ポール、学生のアンガス、寮の料理長メアリーの寂しくて温かい物語は美しく尊く、こういう映画に出会うために映画を見ているんだなと思わせる1本だった。 普段は専ら韓国ドラマを紹介しているので、残り4作品は韓ドラで。それぞれ韓国で高視聴率を獲得したりSNSで話題となったりしたのも納得の面白さ。いずれも魅力的な登場人物、(時々ツッコミ要素もありつつ)ジェットコースターのような緩急がある物語に強烈に引きつけられた。上半期だけでこのラインアップなので、韓国ドラマの勢いはまだまだとどまることはなさそう。 ちなみに、紹介した4作品は日本での動画配信サービス先が別々。それぞれの特色が出ているような気がして興味深い。
梅山富美子
2024.7.08
「 カラオケ行こ! 」 (山下敦弘監督) 「一月の声に歓びを刻め」 (三島有紀子監督) 「マッチング」 (内田英治監督) 「辰巳」 (小路紘史監督) 「違国日記」 (瀬田なつき監督) まだ半分、楽しい悲鳴 疑問に思う。配信の成長に反比例する劇場の衰退、製作本数の減少などに象徴される世界映画界の危機の中、日本映画界は「無風地帯」なのか。もちろん違うだろう。しかし、海外映画祭をにぎわせた傑作の多くがラインアップされていた今年の前半は、その 盛り上がりに負けず、多くの作品が筆者を興奮させている。 公開順で見れば、数行のストーリーラインでも観客を魅了する発想(「カラオケ行こ!」)、完璧主義の作法に実験的試みを調和させたスタイル(「一月の声に歓びを刻め」)、まさにIP(知的財産権)産業強国の日本を代表するような個性が目立つワールドクラスのストーリーテリング(「マッチング」)、2本目(筆者としては「ケンとカズ」以後、待望の作品だが)と は 信じられないほど〝炸裂(さくれつ)〟する作風(「辰巳」)、特有のハイレベルㆍドラマトゥルクに深みまで加わった劇的な完成度(「違国日記」)などなど。ここまで来ると、「ベスト作品があふれているのに、まだ2024年の半分が過ぎただけ」という楽しい悲鳴を上げることになるのだ。
洪相鉉
「関心領域」 「アメリカン・フィクション」 Amazon Prime Video映画 「アインシュタインと原爆」 Netflix映画 「蛇の道」 「ロードハウス/孤独の街」 Amazon Prime Video映画 知的好奇心満たし 直感で楽しむ オスカー受賞作である「関心領域」(国際長編映画賞、音響賞)と「アメリカン・フィクション」(脚色賞)、そして「オッペンハイマー」と合わせて見るとより深みの増すドキュメンタリー「アインシュタインと原爆」。知的好奇心をくすぐる作品をいつも選びがちな一方、直感的に楽しめる映画も欠かせない。 柴咲コウの目に射抜かれる「蛇の道」は、彼女の導くままにえたいの知れないスリルとシュールな笑いに身を投じるのが心地よい。ジェイク・ギレンホールが元総合格闘家を演じた「ロードハウス/孤独の街」は、その鍛え上げられた肉体にまず驚く。そして本物の総合格闘家で元世界王者のコナー・マクレガーが悪役として登場し、さらに上を行く肉体を見せつける。彼らの肉弾戦は手放しで面白い。 「その手があったか」と思わせる新しい切り口の作品と、「そうそうこれが欲しかったんだよ」と思わせる作品の両方に出会えたことは幸運だった。これでまだ半年。下半期も楽しみである。
芦田央
2024.7.06
「コット、はじまりの夏」 「PLAY! 勝つとか負けるとかは、どーでもよくて」 「FLY!/フライ!」 「ラジオ下神白 あのとき あのまちの音楽から いまここへ」 「恋するプリテンダー」 思いつき、気まぐれの効用 並びは公開日順。監督が好みだとかスタッフが気になるだとか俳優を応援しているだとか、要は見る前からある程度「これは好みであろう」と見込んで見にゆく映画もある(そして予想が当たったり外れたりする)わけだけれども、逆に、ふと思いたって、時間が合うとか予告が悪くなさそうだったとか仕事帰りに何かしら軽く1本とかいった理由で、気まぐれに見ることを決めた映画に思いがけず胸打たれることもある。上の5本のなかで、「ラジオ下神白」をのぞいた4本がそれだった。 じっさいはなかなかそうもいかないけれども、映画は予想通りの面白具合を確認しに行っているわけではないのだから、うわ! なんだこれ面白いじゃん!という驚きに勝るうれしい瞬間はないなと、改めて思い直した。
髙橋佑弥
「ボーはおそれている」 「オッペンハイマー」 「パスト ライブス/再会」 「関心領域」 「マッドマックス:フュリオサ」 色あせない〝何か〟が残る 例によってオフィシャルライターで参加している作品があるため、日本映画に関しては省きました。しかし、海外の作品だけでも5本に絞ることは困難なほど充実した半年間だったと思います。鑑賞後に強烈な〝何か〟が残り、かつ時間を経ても色あせなかったものを中心に選出しましたが、他にも「哀れなるものたち」「落下の解剖学」「インフィニティ・プール」「システム・クラッシャー」「ありふれた教室」「バティモン5望まれざる者」「HOW TO BLOW UP」等々、非常に豊作でした。 全体的な感覚としては、個人的な趣味嗜好(しこう)にもハマる「他者との価値観や人間性のズレを物語に落とし込んだ」作品が多かった印象です。また、洋画興行の苦戦が常態化しているなか「関心領域」「マッドマックス:フュリオサ」のヒットは明るい材料となり、関連した記事も多く読んでいただけたことで希望を感じられました。引き続き、映画系メディアの在り方を考えながら、テキストの可能性を信じて邁進(まいしん)してゆきたいと考えています。
SYO
2024.7.04
「悪は存在しない」 「人間の境界」 「ゴースト・トロピック」 「パスト ライブス/再会」 「燈火(ネオン)は消えず」 破天荒なパワーを楽しみたい 上半期に気に入った作品を並べてみたら、優に20本を超えた。邦画も洋画も時々の時代や場所、人を映す作品ばかり。目の前や周囲で起きていることも、遠い地での出来事でも、今を的確にとらえる視点に魅了された。使い古された「社会派」という範疇(はんちゅう)など大きく超え、ジャンルなど問わない。 もう一つ気にかけたいのは、学生の頃にわけも分からずひたすら見ていた「この映画って何?」「理解できない」といったたぐいの作品。映画は何でもあり。観客の好みより作り手の意志や思いが先に立つ作品の、パワーを楽しみたい。ウェルメードな映画も結構だが、やたらに目につき食傷気味。不穏だろうが観客を困惑させようがおかまいなし、セオリーなど知らぬ存ぜぬで価値観や常識を覆し、余白だらけの映画を大歓迎。アート系とは限らない。昨今、希少だからこそ余計にひいき目に見てしまう。 さて下半期。そんな映画との出会いに期待している。公開に先んじて、「お母さんが一緒」「ナミビアの砂漠」「ラストマイル」など、作り手の思い、受け取りました。
鈴木隆