第78回毎日映画コンクール・音楽賞 ジム・オルーク=渡部直樹撮影

第78回毎日映画コンクール・音楽賞 ジム・オルーク=渡部直樹撮影

2024.2.08

心の動きに合わせて音を重ね 毎日映コン・音楽賞 ジム・オルーク「658㎞、陽子の旅」

毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。

鈴木隆

鈴木隆

第65回毎日映コンの「海炭市叙景」(2010年)に続き、同じ熊切和嘉監督作品で2回目の音楽賞を受賞する。多岐にわたる音楽活動で知られ、「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督)の音楽を担当した石橋英子との共同作業でも注目を集めるなど、ジャンルを超えた音楽活動を展開している。インタビューに応じてくれたのも東京・渋谷のライブハウスでの公演の前。「映画が若い時から大好き。毎日1、2本は見ている」と映画愛、それも日本映画への愛情にあふれた言葉を何度も口にした。外国語なまりだが流ちょうな日本語で一生懸命に喜びを語ってくれた。

【選考経過と講評】
■スタッフ部門 音楽賞 ジム・オルーク「658km、陽子の旅」全員が高評価


熊切監督と4作目で2度目の受賞

オルークは、「海炭市叙景」のほか「夏の終り」(13年)、「私の男」(14年)と熊切監督作品の音楽を担当した。楽曲は作品にフィットして、印象的かつ効果的に映画の世界を支えている。「今回は静かな映画なので、熊切監督は私に合うと思ってくれたのだろう」

通常、映画の音楽を依頼されると、脚本を読んでどんな楽器の音色がいいか考えるという。「一番大事なのはどんな音色がその映画(の脚本)に合うか。それはどんな楽器を使うかとも関係する。まずどんな音のトーンがいいか、キーになる音色は何かなどを考えてから楽器を決める」。しかし「映像を見てから意見が変わることもあるから、編集された映像が手元に届くまでは、大抵音楽は作らない」。


©「658km、陽子の旅」製作委員会

マリンバではなくギターで

この作品では、当初「マリンバを使おう」と考えていた。しかし、映像を見て「合わない」とすぐに判断。ほぼ同時に、熊切監督から「ギターでお願いします、と言われた」と笑いながら話した。オルーク自身は「映画音楽を作る時はあまりギターを使いたくない」という気持ちもあったが、これまでも熊切監督の依頼は「よくギターといってくる。今回もエンドロール以外はギターだけを使った」と話した。

音楽の中身や感触など具体的なリクエストは熊切監督からあったのだろうか。「具体的なものはあまりなかったが、音楽を挿入するシーンの指示はあった。編集された映画を見て、これまでの作品でもそうだったように、どこに音楽を入れるか、考えはほぼ一致。特に今回は100%同じだった」と熊切監督の意向と重なった。音楽は終盤に向かうにつれて音色が重層的になっていく。「ミキシングの時に、エレキギターの音色を調整するミックスが大事だった」と話した。


陽子の心の痛みを感じた

映画は、フリーターとして日々をなんとなく過ごしてきた42歳の独身女性、陽子が主人公。夢への挑戦を反対され20年以上疎遠になっていた父の訃報を受け、いとこやその家族と東京から故郷の青森まで車で向かう。途中で置き去りにされヒッチハイクで故郷を目指す中で出会う人々との交流を描いた作品だ。音楽が入るのは4、5回。不安や孤独感など主人公の心が大きく揺れる映像の際に流れ、音楽自体も流れるたびに旋律が複雑になっていく。「メインのメロディーの上にハーモニーを録音して重ねている。陽子の感情の流れが重なっていくうちに重層的な音」を生み出していった。

「発する言葉よりも陽子の心が見えてくる作品。彼女のキャラクターは言葉をあまりうまく使うことができない」と内面の描写に関心を寄せた。本作を見て最も心に浮かんだことを聞いてみた。「映像や編集のペースから、彼女の心の痛みを感じることができた」と言うのだ。「父の葬式に出るというのは表の目的であって、自分を見つけるための心の動きが一番興味深かった」と、心の痛みを音楽でも提示してみせた。


アクションでないSFの音楽をやってみたい

さらに続ける。「陽子を少し嫌な女性と思う人がいるかもしれないが、私はそう思わない。作品は、彼女が変わっていく可能性を、見た人が感じるところで終わる。どう感じるかは観客それぞれでいい」と作品への思いを語った。

「私はもともと(内容的に)暗くてつらい映画が大好き。熊切監督の作品は全部見ていて、いろんなジャンルの映画を作っているが、私が特に好きなのはその中でも暗い映画」という。この作品も終盤に少し希望のようなものが見えるが、全体のトーンは決して明るくない。それでも「もっと暗い映画が好き」と言ってほほ笑んだ。そのうえで、やってみたい映画の音楽は「アクションが主ではない、『スター・ウォーズ』のようではないSF。そうした作品で声がかかったら喜んでやりたいが、日本にはあまりない。『太陽を盗んだ男』(1979年)ぐらいしか思いつかない」と日本映画への造詣の深さも感じさせた。


映画作りに参加したい

普段は音楽のエンジニアであり、アレンジやプロデュースなど多面的にかかわっている。「若い時からパソコンで(音を)プログラミングするのが好き。一人でスタジオで仕事をするのがハッピー。楽器を演奏するのはあまり興味がない」という。

活動の拠点を日本に移してから20年近くになる。「子供の時から映画を撮りたいと思っていた。ただ、多くの人の声に耳を傾けながら、同時にお願いもしていくような監督の仕事はむいていない。映画のコンポーザーではなく、映画作りに参加したいと思ってきた」。根っからの映画好きで今もそれは変わらない。


若松、足立、今村、増村、成瀬……止まらぬ日本映画愛

海外にいた80年代、90年代に日本映画をたくさん見ていて関心も深い。「高校生の頃から『天使の恍惚』など若松孝二監督や足立正生監督のアングラ映画を見たし、今村昌平監督作品も大好きだし、増村保造監督の作品も」と日本映画のことを話し出したら止まらない。成瀬巳喜男監督の名前も飛び出した。以前に、若松組のスタッフからこんな話も聞いた。「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」(2008年)の製作時に、オルーク本人が若松監督に直接「音楽担当として参加したい」と願い出たというのだ。

「映画はさまざまなアートが集まっていて素晴らしいが、その混ざり方が大事。全部で一つの作品になるのが一番大事」と繰り返し強調した。音楽が目立つ作品、その逆の作品も「あっていいと思う」と話すが、この作品でも音楽は映画を形作る大きな要素の一つとして存在し、深い余韻を残している。

【第78回毎日映画コンクール 受賞者インタビュー】
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ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

カメラマン
ひとしねま

渡部直樹

わたなべ・なおき 毎日新聞写真映像報道センターカメラマン

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