毎日映コンの軌跡⑨ 田中絹代 女優人生を変えた渡米
毎日映コンに賞の名称としても名前の残る田中絹代(1909~77年)。14歳で松竹に入社しデビュー、黎明(れいめい)期の映画界でスターとなった。日本で2人目の女性監督としても6作品を残している。映コンでも第2回(47年度)で初の女優賞受賞者となって以来、計5回女優賞を獲得。いまだ破られぬ大記録である。 映コンは田中の女優人生に大きな影響を与えた。47年12月、毎日新聞紙面に「三名を米国へ映画コンクールの個人賞」との記事がある。米ハワイの映画興行会社の松尾達郎が、映コンに日米映画人の交換招待への協力を求め、第2回の監督・俳優賞受賞者に米国訪問の副賞を贈ることになったのだ。結局翌48年、第3回「夜...